公教育の構造転換は教師の対話から 苫野一徳准教授が講演

150年間変わらなかった公教育を本質から問い直す――。超教育協会(会長・小宮山宏三菱総合研究所理事長)は7月20日、教育関係者向けのオンラインシンポジウムを開き、教育哲学者の苫野一徳熊本大学准教授が「公教育の構造転換」をテーマに講演した。苫野准教授は、文科省や教育委員会などの行政レベルで変えられること以上に、個々の学校や教師で変えられることがたくさんあると指摘。そのために必要なのは、対話の文化をつくることだと語り掛けた。

講演で苫野准教授は、人類史の大半は戦争と暴力を繰り返し、人種や宗教が違えば殺したり奴隷にしたりすることが当たり前の時代であったのが、自由で平和な社会をつくるには、どんな人間も対等な存在であることを認め合い、共に社会をつくる民主主義における「自由の相互承認」の考えが生まれたと説明。この自由の相互承認を守るための力や感度を人々に育てることにこそ、公教育の本質があると強調した。

その一方で、いじめや不登校、落ちこぼれなど、本来は自由の相互承認を実現するためにあるはずの学校が、さまざまな問題を抱えているとも指摘。その原因は、約150年間変わらなかった学校システムにあると批判した。

社会が大きく変化する中で、なぜ学校がこれまで変わらなかったのかについて、苫野准教授は「学校はがんじがらめで、何かを変えようとすると関連する全てを変えないといけない。特に日本は、戦後の経済成長を果たしたのは教育の力だと思われてきたことで、ますます変えていくことを本気でしてこなかった。この150年間の問題が今、顕在化している」との見方を示し、同じ年齢の子どもを集めた学年学級制など、社会の在り方からすれば不自然な学校システムを根こそぎ変えていかなければならないと訴えた。

公教育の本質的な役割に立ち返った構造転換について語る苫野准教授(左、Zoomで取材)

その上で、公教育の構造転換を図るには、まず、学びの構造を転換することから始める必要があるとし、仲間や教師から的確なフィードバックを受けながら、気兼ねなく他者の力を借りたり、自分の力を貸したりできる緩やかな協同性の下で、学びを個々のペースやレベルに応じて進められるようにすべきだと提案。探究型学習をカリキュラムの中心に据え、自分たちの学校を自分たちでつくる経験を通して、自由の相互承認ができる市民を育成しなければならないと呼び掛けた。

また、学校を子どもたちだけが学ぶ場ではなく、年齢や障害の有無などに関係なく、多様な人が交流できるように、施設を複合化してラーニングセンターとして位置付ける視点も挙げた。

質疑応答では、どのように学校の閉塞した現状を変えていけばいいかを問われ、苫野准教授は「教師同士の対話の文化を作るのが何よりも大事だ。文科省や教育委員会が形式的にできることには限りがあり、後は教師が対話しながら、子どもと一緒になって自分たちの学校をつくっていくようにしなければならない。対話を通してみんなが幸せに暮らし、学べる学校をつくる。最後はそこしかない。対話の文化を学校にインストールしていきたい」と、学校で対話を促すことの大切さを語った。

関連記事