【GIGA到来】子供主導のルール作り 豊福氏に聞く注意点

GIGAスクール構想で整備された1人1台端末を活用するにあたり、子供たち自身に使い方のルールを考えさせるアプローチが始まっている(【GIGA到来】 端末使用のルール、生徒自身で考える)。文科省もStuDX Styleで好事例として紹介している。教育の情報化を専門とする国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの豊福晋平准教授は「ルールを子供自身が考えることは、すごく大切なこと」としながらも、「使うことを前提としたルールでなければならない」と強調する。教員はどのように子供主導のルール作りを後押しすればよいのか、豊福氏にポイントを聞いた。

「授業以外に使わない」より「公私の区別」
――子供たちにルール作りを考えさせる時、まず気を付けるべきは。

Zoomで取材に応じる豊福准教授

前提として、学校の中で子供の身体的・精神的な安全が確保されていることは重要です。強権的な、コマンダーのような先生がいて、その人に従わなければいけないなら、子供は自身の安全のために忖度(そんたく)してしまう。そうすると子供にルールを考えさせたとしても、先生の傀儡(かいらい)になってしまうことが少なくありません。

頭のよい子なら「自分たちでルールを考えても、先生に全部突っ返されて終わりだ」と想像がつくからです。そのうち子供たちの中に「取り締まり警察」が出てくる。先生の権力を笠に着て、他の子をコントロールしてやろうという動きです。これでは本来、子供たちがよく学び、よく生活するという、学校に必要なグラウンドルールからかけ離れていきます。

その上でルールを考える時には、まず端末を使うイメージを見通しておくことが重要です。1人1台が整備されると、毎日、毎時間でも使えるようになる。利用の頻度が圧倒的に上がり、子供たちが扱う情報量が爆発的に増えていきます。こうした中で、子供たちも賢く使えるようになる必要があるし、授業での使い方も高度になっていきます。

そう考えると、制限をかけすぎてはいけないと分かるはずです。制限が多すぎると、子供が端末を文具のように、必要に応じて選んで使うことができなくなります。自由に使えないのに、先生が使え使えという状況は大変でしょう。ルールは、使うことを前提としたものでなければだめです。

――YouTubeの視聴制限などに悩む学校は多そうです。「授業以外の用途に使わない」というルールは、どうですか。

「授業に関係ない」と決めるのは、先生ですか。それでは、端末を道具立てしていることになりません。「自分で使い方が決められる」という範囲を広げていかなければいけないのに、「授業に関係のないことに使ってはいけない」というキャップをはめてしまったら、先生に使い方を委ねてしまうことになる。

そもそも「学校イコール授業」ではありませんから、僕だったら「パブリック(公的)なものか、プライベート(私的)なものかの区別はつけないとまずいよね」という言い方をすると思います。

例えば授業ではなく、遠足やクラス活動で友達との写真を撮っても大きな問題はないと思いますが、「この写真は他の人には見せられないから、自分の領域に取っておこう」という工夫はあった方がよい。子供たちからそういう考え方が出てこなければ、先生がサポートする必要があるでしょう。

ここは一つのポイントです。GIGAスクールの端末を授業で使うことも重要ですが、それ以上に大きいのはコミュニケーションの用途です。子供たちがこれまで、自分のスマートフォンで、(通話アプリの)LINEを使って友達とやりとりしていたのはプライベートの領域。一方、GIGAスクール端末は授業で使ったり、学校名での連絡や通知が届いたりする、パブリックの用途もあります。子供たちにとっては初めて公私の区別が出てくるわけで、そうした対応を学んでいくことは大切です。

大方針を共有し、あとは自分で考える
――ルール作りの進め方は。

禁止事項を並べた「べからず集」になってしまうと結局、風紀委員しか知らないようなルールになってしまうし、利用するにあたって自分たちの首を絞めるだけです。大方針だけ共有し、あとは自分で考えて自律するというのが基本です。子供たちが常識で分かるようなことは、わざわざ書く必要はありません。

とはいえ一度、頭の整理をするために、「あれはダメ」「これはダメ」と全て書き出してみるのは悪くありません。ただし、その後に「ここが合意できているなら、ここと、ここのルールは要らないよね」というふうに項目を消していき、実際に使いやすいルールにしていくのがよいでしょう。

そのうち、今のルールではやりづらいと感じる場面が出てくることも想定されます。3カ月、半年と期間を区切って、子供たちがルールを見直す機会を作ることも必要です。こうして、自分たちで自分たちの学びの規範を決めていくということです。
1人1台の端末を手にするということは、個人がパワーを得てそれを扱うということです。いきなり大型バイクのスロットルを全開にしたら、どこに飛んでいくか分からない。その時、バイクをコントロールできるのは乗っている本人だけです。自分がどこに行きたいかは、誰かに委ねることではなく、子供たちが自分で決めることです。面倒かもしれないけれど、ルールは自分で考えるというのがすごく大切なのです。

――発達段階によって、気を付けることは違いますか。

小学校低学年の児童に、いきなり「ツイッターを使え」などと言うことはできません。それは泳げない子供を、いきなり足の届かないプールに沈めるようなもの。まずは水遊びから始めるのが基本です。

最初は児童と担任、保護者の3人でメールのやりとりをしてみる。次は、隣の席の友達と。ある程度進んだら、クラスの中でチャットをしてみればよいでしょう。クラスの中ではお互い関係が分かっているし、顔も見える。そこでたいてい誰かが「ばか」「うんこ」などと書き込み、笑いが起こりますが、そこで「もし、このチャットのメンバーに校長先生が加わっていたらどうする?」と聞きます。

ここで、子供たちは時と場合に応じて、コミュニケーションの作法を変えなければいけないということを学びます。関係が広がり、内輪だけでなく他の人がいろいろと入ってくると、それぞれへの配慮や、自分の立場を考えなければいけなくなる。子供たちが成長の過程で、人間関係を外へと広げていくという経験が、オンラインでもできるのです。学習についても同じで、単純なものからより複雑なものへとステップアップしていきます。

小学校中学年から高学年は、テクノロジーに関する関心や、自分の興味が加速度的に高まって、面白くて仕方がない時期です。子供のこうした部分に先生もうまく乗っかって、上手な使い方、賢い使い方を学校の中でシェアできるようになると、容易に学んで応用できるようになります。

さらに中学生になれば、大人になっていく過程で人間関係のストレスを感じたり、社会規範に対して理不尽だという思いを抱いたりすることもある。技術的な問題にとどまらず、社会や他者との関係の中でどう使うべきかを考えていく必要があります。

子供からアイデアをもらって、フィーチャーする
――子供たち自身が、使い方を考えられることの意義とは。

ある小学校では、皆で作業をしている時、1人だけ英語のリスニング用のイヤホンで音楽を聴いている子がいたそうです。ただ、北欧の学校ではよくある光景で、さらにはソファーに寝転がって作業をしていることもあります。北欧の子供たちのそうした様子を見て、僕も最初は「えっ?」と思いました。それでも先生は「他の子に迷惑をかけているわけではないし、作業は自分でコントロールしているから、個人の自由に任せています」とおっしゃる。

これは学校の運営そのものに対する問いでもあるのです。これまでわれわれが受けてきた教育は、同じタスクを与えられたら、同じ時間でそれをこなすことが大事、それ以上の勝手をしてもらっては困る、というものでした。しかし今では、教育の目標は標準的な企業人材の育成ではなく、社会や個人がよりよく生きる、ウェルビーイングの実現を前提としたものに変わりつつあります。

5年ほど前にフィンランドの先生から「子供が学校にいる時、安心して、満足できることがとても重要だ」と聞いたことがあります。これは遊んで暮らす、楽をする、ということではなく、本人が一番やりたいことで、パフォーマンスを出せているということでもある。こうしたウェルビーイングの考え方は、ここ数年で世界的に広がっています。

ウェルビーイングの実現を目指す上で、ICTは不可欠です。たくさんの情報量を得て、学びをより豊かにできないと、これからの世界に貢献することはできない。われわれはまだ、その入り口に立ったばかりです。ここで後ろ向きになって階段を下りてしまったら最後、先進国と呼ばれることは二度とないでしょう。

――1人1台端末活用の現状をどう見ますか。

緊急事態宣言が繰り返し発令され、いつ休校になるか分からない状況で、家庭でもオンライン学習ができるような準備が求められているにもかかわらず、多くの学校はそれができていません。それどころか、使用頻度が低すぎてIDやパスワードを覚えていない、そもそも保管庫から端末を出していない……。そんな学校も少なくないのが現状です。

端末の操作に慣れていく上で、児童生徒や家庭との連絡など、日常的なコミュニケーションをオンラインで行うことは非常に重要です。ただ、それに懐疑的な学校も多いし、そもそもZoomなどのアプリを「入れたくない」という学校もあります。LINEいじめの対応に追われる生活指導の先生たちにとって、そうしたツールを学校に入れるなんて「冗談じゃない、やめてくれ」となるわけです。

こういう話をすると、「なぜ授業での活用の話を先にしないのか」と言われることもありますが、順番が逆。日常的に情報をやり取りする中で端末に使い慣れていくのであって、授業で5分、10分活用するだけでは、いつまでたっても効果的に使えるようにはなりません。

普段から文具のようにICTを使っていると、アプリやツールを使う、オンラインで情報をシェアするといったコミュニケーションが身に付いてくる。すると、先生が授業でうまく使えなくても、子供の方から「先生、こういうやり方ができるんじゃないですか」と提案してくるはずです。子供から良いアイデアをもらって、フィーチャーしたらよいのです。ここでも、端末の使用に制限をかけすぎないことが、子供の新しい発想につながります。

そうしたデザインを抜きにして、最初から、授業でどう使わせるかという観点だけにとらわれていると、だんだん「ICTを使ってもあまり効果が出ないし、どうしよう」という話になってくる。そこで「ICTなんか使えない。やっぱり『板書にしゃべり』だね」などと言い始めたら、元の木阿弥です。

一方で子供の使い方を見て「このままじゃまずいな」と軌道修正できるアンテナの高い先生なら、良い方向に行けるはず。あと半年もすれば、結果が見えてくると思いますよ。

関連記事