スクールバス制導入 本当に安全確保の「究極の解決策」か?

 千葉県八街市で下校中の児童の列にトラックが突っ込み、5人が死傷した事故によって、登下校中の子どもの交通安全対策が再考を迫られている。そんな中で「究極の解決策」として自民党の有志議員から提案されているのが、スクールバス制の導入だ。しかし、2019年に私立のカリタス小学校が運行するスクールバスを待っていた児童や保護者が、刃物を持った男に襲撃された事件も記憶に新しい。スクールバスではないが、福岡県中間市の保育所では先週、送迎バスの中で5歳の男の子が熱中症で死亡した。スクールバスを日本で全面的に導入する上で、避けては通れない課題を探った。

自助・共助で通学時の安全を支えるのは限界

 八街市の事故を受けて、自民党の有志議員による「公立小学校へのスクールバスの導入に関する勉強会」の猪口邦子参院議員・元少子化・男女共同参画担当相らは7月1日、文科省を訪れ、丹羽秀樹文科副大臣に公立小学校へのスクールバス制導入を求める緊急決議を手渡した。

 緊急決議では、19年の交通事故による15歳未満の死傷者は2万6000件を超え、小学1、2年生の多くが歩行中に交通事故に巻き込まれ、その3分の1は登下校中に起きていると指摘。米国やドイツ、豪州などの国々では、通学時の安全対策としてスクールバスや自家用車による送迎が行われており、徒歩による通学が一般的な日本でも、共働き世帯の増加や地域社会の希薄化、学校統廃合による遠距離通学、歩行者の安全を確保した道路整備の遅れなどがあり、自助・共助によって児童の通学時の安全を支える考えは、限界に達していると強調した。

丹羽文科副大臣(右から2人目)に申し入れを行った自民党有志議員でつくる勉強会のメンバー

 その上で、こども庁の創設も視野に、文科省、警察庁、総務省などの関係省庁が横断的に協力し、スクールバスの導入についての調査研究を行い、導入に向けた本格的な検討を速やかに実現するよう求めた。この緊急決議では、スクールバスは全国の公立小学校で導入し、学校のすぐ近くに住んでいる場合や保護者が送迎する場合もあることから、スクールバスの利用は希望制とすることを想定している。

 文科省への申し入れ後、猪口議員は「すでに進んでいるガードレールや歩道の整備をやり抜くことも大事だが、スクールバスの導入は究極の解決になると思う。こども庁創設に向けて議論が進んでいるが、まさに『こどもまんなか政策』というのは、こうした予算にきちんと対応することだと考えている」と、スクールバス制の導入について本格的に検討する必要性を訴えた。

現在のスクールバスの運行とスクールバス制は似て非なるもの

 この緊急決議に対して、7月7日の閣議後会見で記者から質問された萩生田光一文科相は「スクールバスについては、安全対策としての一定の効果は考えられる一方、それぞれの地域によって、交通事情等の状況、あるいは運転手や駐車場スペースなどの確保に関する論点もあると認識しており、各学校や各地域の具体的なニーズを踏まえた検討が必要と考えている」と、スクールバスの導入を巡る課題を挙げた。

 その上で、緊急決議について「この要望は『全ての公立学校にスクールバス』という提言であり、合併等によって通学時間・距離が延びてしまった場合には、へき地等対策ということで、すでに実施している自治体もあるのは承知しており、それは一つの有効な手段だと思うが、それと与党の方から要望いただいたものは、やや似て非なるものだというふうに承知している」と、これまでの日本でのスクールバスの導入事例とは性格が異なるとの認識を示した。

 実際に、文科省が08年にまとめた「国内におけるスクールバス活用状況等調査報告」という資料でも、紹介されている自治体では、過疎地や学校統廃合などで通学距離が延びてしまった一部の児童生徒を対象に、スクールバスを運行しているケースが多い。都市部なども含めた全ての公立小学校への通学バスの導入には、国内のエビデンスが十分にあるとは言えないのが現状だ。

 一方で菅義偉首相は7月9日、八街市の北村新司市長との面会で、スクールバスの全国導入を検討する考えを示し、同市が事故の起きた通学路を使っている児童生徒を対象に、心のケア対策として運行している臨時スクールバス事業をモデル事業として位置付け、支援する意向を示している。同市によると、民間委託で運行している臨時スクールバスには20人程度の利用があり、他にも保護者の送迎によって通学している子どももいるという。市では現在、モデル事業になるのを視野に、対象者や地域について協議を進めている。

教育関係者の間でも評価が分かれる

 政策アイデアとして急浮上したスクールバス制の全国導入に対し、教育関係者の受け止めは賛否両論ある。

 教育新聞が7月5~12日に実施した読者投票「Edubate」では、公立小学校へのスクールバス制導入について「すべきでない」が39票、「するべきだ」が54票、「どちらともいえない」が55票と割れた。投稿欄には「運転手もバスも必要になるからなかなか厳しい」という意見も寄せられた。

教育新聞が7月に実施した「Edubate」の結果

 交通安全対策としてのスクールバスの導入について、学校安全が専門の「日本こどもの安全教育総合研究所」の宮田美恵子理事長は、通学路上の安全が十分に確保できない場合には、スクールバスという選択肢は理にかなっているとしつつ、全国的に導入することは現実的ではないと指摘。「カリタス小の事件のように、バスを待っているときの危険がある。日本では子どもが被害に遭う大きな事件や事故が起きるとすぐに一斉点検をするが、それで洗い出された危険箇所を確実に解消していくことの方が大事ではないか」と話す。

体力や学習面への懸念も

 スクールバスの導入は、交通安全対策以外の視点でも検討する必要がある。

 東京学芸大学の朝倉隆司名誉教授らは、文科省の2019年度「少子化・人口減少社会に対応した活力ある学校教育推進事業」の一環で、スクールバスを導入している全国の小中学校を対象に抽出調査を行い、スクールバスが児童生徒の生活や学習、体力面などでどんな影響を与えているのかを調査した。

 その結果、スクールバスで通学している児童生徒は、通学で「疲れる」や「体力がつく」と回答した割合が低く、中学生では、徒歩や自転車などで通う生徒の方が、毎日60分以上の身体活動を行っている割合が高いことが分かった。

 さらに、登下校時の危険度の認識を調べたところ、小学3、4年生と中学1、2年生では、登下校時に「怖い」「危ない」と感じることが「ない」児童生徒の割合は、スクールバスで通学している児童生徒の方が、そうでない児童生徒より有意に高くなっていた。

 朝倉教授は「バスに乗ると体が寝ている状態で学校に来ることになる。中にはスクールバスが到着すると、授業が始まる前に軽い運動をさせる学校もあると聞く」と話し、体力や学習面で、スクールバスで通う子どもたちには考慮すべき点があると指摘する。また、スクールバスの運行中に車内でトラブルが起きた場合の指導や、スクールバスの時間に合わせて学校で待つことになる子どもたちの対応など、学校の教員の負担が増えないような対策を考えないと、教員が拘束される時間が増えてしまう懸念もあるという。

 「スクールバスといっても、自宅の前まで送迎してくれるわけではないので、子どもたちは集合場所まで歩いてくることになる。その間の安全確保をどうするかなど、スクールバスにすれば絶対安全というのは誤解がある」と朝倉教授は強調する。

(藤井孝良)

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