武田信子氏に聞く 子どもの「無駄と向き合う力」を育む

全国の教育現場を回り、研修やワークショップを行ってきた臨床心理士の武田信子氏。教師教育学を専門とし、今年5月には子供のウェルビーイングの実現を目指す団体・一般社団法人ジェイスを立ち上げた。長年、全国各地の教師と向き合い、対話を重ねてきた武田氏に、これからの時代に求められる教師力、誰もが幸せを感じられる学校の在り方について聞いた。(全2回の2回目/1回目はこちら


変えるなら、大学の教員養成から

――これからの時代、教師に求められるのはどのような力でしょうか。

 かつてはたくさん知識を持っていて、それを児童生徒に披露できる人が求められていた時代もありました。しかし、時代が変わってインターネットが台頭し、今ではほとんどの知識や情報はネットで収集できます。

 そうなると、ネットで得られる情報以外のものを児童生徒に伝えられる力が重宝されるでしょう。ネットでは好きな情報を選び、都合の悪いものはカットしたり、排除したりできます。しかし、人同士が対面するリアルの社会ではそうはいきません。いろいろな価値観の人と話し合い、ときにはぶつかり合い、お互いの許容できるところを探り合わなければなりません。

 ネットを駆使する今の子供に必要なのは、自分にとっての雑音や矛盾、理不尽、非合理、無駄と向き合うすべを身に付けることではないでしょうか。この資質は、人と人が直接関わる場所でしか、身に付けることができません。そこを育める場所の一つが学校であり、教師という存在なのかなと思います。

――教師教育の課題についても指摘されています。

 私が最も悲観的に見ているのは、教員養成の現状です。大学で教員養成を担っている先生方の多くは、「自分たちには未来の教育の責任がある」という意識が低いように思います。

 以前、教員養成に関わっている先生が、「今の大学で教員は育たないよ」と吐露していたことがありました。その先生が言いたいことは分かりますが、そのような意識のまま、大学で教員を送り出し続けていいのでしょうか。学生が大学で学び、資格を取って学校現場に立つのであれば、この4年間に何をしなければいけないのか、教育学者はもっと真剣に考え直さなければなりません。

 学校教育や教員の質を問うのであれば、まず教員を養成する大学教育と大学教員の質を問い直さなければ、何も始まらないのではないでしょうか。

迷いがあるのは順調な証拠

――教員向けのワークショップや研修も数多くなされています。どのようなメッセージを送っているのでしょうか。

 授業をどうするか以前に、目の前の児童生徒が何を求めているのかを問える力を付けてほしいと語っています。例えば、2011年度には熊本県の教育センターから依頼を受け、センタースタッフと共に県教委のミドルリーダーを対象に1年間という長期スパンで研修計画を立て、実施しました。

 研修をするときに心掛けているのは、教師の心を揺さぶることです。つまり「迷ってもらう」ようにしています。

 迷いがないのは、とても怖いことです。迷うことで不安を感じるかもしれませんが、迷ったり、揺れたりするのは、物事が順調に進んでいる証拠なのです。

 児童生徒が学校で安心して、疑問を持てたり失敗できたりするのが、何より大切です。そのためにはまず、先生同士がそれを許し、許される環境をつくれなければなりません。

――具体的にどのようなワークをするのでしょう。

 先日は東京学芸大学の学生と、「子供がヤモリを生きたまま串刺しにして、薫製にしている。大人としてどんな声掛けをするか」というワークに取り組みました。

 もし、そんな場面に出くわしたら、どんな言葉を掛けますか。

――「命は大事だから」とたしなめるでしょうか。

 学生からも同じような答えがありました。一方で「その後ヤモリをどうするかで、変わってくるのではないか」という意見がありました。「食べるならいいのではないか」といった声も出てきました。人間側の目的や必要性によって殺してもいい生物や殺し方が変わるというわけです。

 あるいは、小学1年生がやっているか、中高生がやっているかでも、声の掛け方は違ってくるかもしれません。学生たちが迷い始めます。

 「命が大事」と言っても、ゴキブリだったら皆さん罪悪感なく殺していませんか。ヤモリになると、急に命の大切さを指摘するのはどうしてでしょうか。「それがブタだったら?」「人間だったら?」と正解のない対話を繰り返していきます。

「より良く」より「より悪い」を早急に止める

――先ほど、教師にも児童生徒にも心理的安全性が担保された学校環境が必要だと指摘されていました。そのために何が必要でしょうか。

 人は誰しも間違いを犯します。もし誰かが間違ったら、みんなで修正をかけていけばいいという合意が必要だと思います。

 心理的安全がある守られた環境では、間違いに気付けたタイミングで、本人がハッピーになれることが肝心です。「間違えていたんだ。でも、新しいことを知れてうれしい」と思えるくらいの余裕があることが、本当の安心や安全だと思います。

 そうした状況をつくるためには、一人一人のヒューマンライツ(人権)が完全に認められた場が必要です。能力や立場はその人の価値に関与しないという認識が、共有されていなければなりません。

 特に小中学生は経験も浅く、間違うことが当たり前です。その子の尊厳や存在を認められる大人がいて、初めて間違いを指摘できるように思います。

 児童生徒も教師も決してヒューマンライツをむげにされない、そんな空気が学校になくてはなりません。そのためには学校の中だけでなく、保護者や地域社会が一丸となって、捉え方を変えていかなければなりません。

――最後に、現場の教員にメッセージをお願いします。
武田氏と『やりすぎ教育~商品化する子供たち』

 ワークでもよく取り入れるのですが、児童生徒の「なってほしい大人像」を考えるのではなく、「なってほしくない大人像」を考えてみてください。先生たちが絶対になってほしくないと思う大人さえつくらなければ、それでいいのではないでしょうか。

 今の教師に求められているのは、「より良い」ことをするのではなく、「より悪い」ことを早急に止めることだと思います。

 また、コロナ禍ですぐには難しいかもしれませんが、海外に繰り出してほしいなと思います。そこに何週間か滞在して、街を歩いて、行き交う人を観察して、「この国では、人がどうやって育っているんだろう」と考えてみてほしいのです。

 先生に限らず、大人たち全員に染み付いてしまった価値観が、今の社会や教育を逼迫(ひっぱく)させています。その価値観を変えるのは、並大抵のことではありません。体中の血液を入れ替えるくらいの、荒療治が必要です。

 そして、対話ができる人を見つけてください。学校の中にいなくとも、ネットを活用するなどして自分にピッタリな仲間と出会っていただきたいのです。その出会いに刺激を受けて、さらに学び、理想を追い掛けようとする先生が増えてほしいと思います。

 ただ一方で、いろいろな仲間に出会う中で、誰か一人をカリスマに仕立て上げ、理想化したり、神聖化したりはしないでください。それは、これまでの学校教育が受け継いできてしまった、悪しき習慣の延長だと思うのです。この人からも学べるし、あの人からも学べる。どこからでも学べるというフラットな姿勢で取り組んでいただきたいですね。

(板井海奈)

(「武田信子氏に聞く」1回目はこちら)


【プロフィール】

武田信子(たけだ・のぶこ) 一般社団法人ジェイス代表理事。臨床心理士。教師教育学研究会代表。武蔵大学教授、東京大学非常勤講師、トロント大学・アムステルダム自由大学大学院客員教授、日本教師教育学会理事などを歴任。心理、教育、福祉の観点から、体と心と脳のウェルビーイングな発達を保障する養育環境の実現と、マルトリートメントの予防のために対人援助職の専門性開発に力を注ぐ。『やりすぎ教育』(ポプラ社)、『教員のためのリフレクション・ワークブック』(学事出版、共著)、『教育相談』(学文社、編著)、『教師教育学』(学文社、監訳)など著書多数。

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