親子に厳しい日本の「子育て罰」 教員に必要な気付きとは

  子供と子育て世帯に厳しい日本の政治・社会の現状を「子育て罰」という言葉で問題提起した、日本大学の末冨芳教授と立命館大学の桜井啓太准教授が8月5日、オンラインイベントに登壇し、解決に向けて進むべき道を議論した。参加者からは、社会の「子育て罰」によって貧困に陥った子供に対する、学校や教員の役割を問う声が挙がった。

オンラインイベントで対談する日本大学の末冨教授(左)と立命館大学の桜井准教授

 「子育て罰」はもともと、社会学・経済学において、子育てしながら働く母親と子供を持たない非母親との間に生じる賃金格差を示す「child penalty」を、桜井准教授が日本語に訳したもの。末冨教授・桜井准教授の共著『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』(光文社新書)では、「社会のあらゆる場面で、まるで子育てすること自体に罰を与えるかのような政治、制度、社会慣行、人びとの意識」と定義している。

 例えば、日本ではひとり親世帯の貧困率が50%超と、OECD諸国の中でも群を抜いて高いが、桜井准教授の分析によれば「ひとり親家庭の親が全員働く想定でシミュレートした結果、日本は貧困率がさらに悪くなる」という。その上で、貧困率を低下させるには、就労支援よりも、子育てする親に不利な現状の賃金格差を埋める方が有効だと説く。

 5日のイベントでは、教育費問題を専門とする末冨教授が「子育て罰」の背景にある▽場当たり的な政治▽少なすぎる子供・家族への投資▽子供を差別・分断する制度――の3つを指摘。所得制限のある現状の高校無償化制度を例に、「親が頑張って働いてしまうと、子供が支援を受けられなくなる。矛盾が多く、許しがたい仕組み」と批判した。

 参加した学校関係者からは「経済支援の充実で、子供たちの学力格差は埋まるのか」という質問が上がり、末冨教授は「生活を支えるのが第一条件。生活に余裕が生まれて、初めて意欲が生まれる。安心できる環境があってはじめて、学びに気持ちが向く。一人一人が、目標を持って学ぼうという気持ち、褒められてうれしいという子供として当たり前の気持ちを持って成長していくには、家族以外の大人たちがいかに支えていくかが重要」と応じた。

 また別の学校関係者からは「学校現場の意識が低い」と指摘する声もあった。末冨教授は「頑張れる環境にいるだけでラッキーだ、ということが分かっていない先生も多い。小学校より中学校、高校で寄り添う目線が乏しくなる傾向があり、データや理屈で、いかに気付きを持たせていくかが大切ではないか」と応じた。

 桜井准教授は「学校の先生には勉強が好き、努力が好きな人も多い。ただ、複雑な家庭環境にいる子供は学校や勉強があまり好きでなく、努力の経験がないこともあり、先生と価値観が合わず、すれ違いが生まれる。教育と貧困支援の目線は異なるため、(福祉関係の)他の職種との交流を増やすというのも一つの手では」と話した。

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