為末大氏に聞く ポスト東京五輪のスポーツの価値

 東京パラリンピックが8月24日、始まった。新型コロナウイルスの感染が拡大する中での東京オリンピック・パラリンピックだが、ここ数年、スポーツ界だけでなく日本社会全体がこの大会を一つの目標として突き進んできた。今大会をきっかけに、私たちはスポーツや社会をどう変えるべきか。男子400メートルハードルの日本記録保持者で、オリンピアンでもある為末大氏(デポルターレ・パートナーズ代表)に聞いた。(全2回の1回目/2回目はこちら

1964-2021、一つの時代の終わり

――コロナ禍で開催された東京オリンピックを、どのようにご覧になりましたか。

インタビューに応じる為末氏

 選手たちは完璧な準備ができない中で、とてもよく頑張ったのではないでしょうか。一方で、こんな状況で行われたことによる不公平さはやっぱりあったので、メダルの獲得数などを比べるのは、あまり意味がないようにも感じています。

 面白かったのは、新しく競技種目に加わったスケートボードの文化です。勝敗を意識すると新しい技は本番まで隠しておくのが基本ですが、スケートボードの場合はどんどんソーシャルメディアで広めて、いろいろな人がをまねしようとします。お互いに選手であり、コーチでもあるわけです。

 指導者と選手の関係性は、国によってもかなり違います。米国などでは、コーチは技術を教えるのが仕事で、競技を通じて人としてどう成長するかまでは踏み込みませんが、日本ではこれらが一体的になっています。日本のやり方はいい面ももちろんありますが、気を付けていないと体罰やハラスメントにつながってしまうときがあります。

 ここ最近、日本のスポーツ界における体罰やハラスメントが社会問題になりました。オリンピックは、こうしたスポーツ界の体質をさらにさらけ出しました。今後、変化が加速することは間違いありません。問題は、これを「外圧を受けて変わらざるを得ない」と捉えるのではなく、「内側から変われるか」です。今のスポーツは社会から要請を受けて対応している構図ですが、これを逆にするくらいの発想でないといけない。「スポーツは社会をこう変えます」と提案したっていいはずです。

 私たちの中には、この大会まで何かが続いていくという感覚がずっとありました。1964年の東京オリンピックから2021年の東京オリンピックまでが一つの時代としてあって、それが終わっていよいよ次の時代が来る。そういう象徴になったんだという実感が、強く残っています。

部活動改革の鍵を握るのはアスリート

――具体的には、どんなものが変わると考えているのですか。

 例えば部活動。あれは社会教育なのか学校教育なのか、そろそろはっきりさせなければいけないタイミングに来ていると思います。教師の労働問題を考えれば、これまでのように負担を求め続け、いろいろな方便でごまかすのは無理です。一方で、部活動を教えたい教師がいるのも確かで、一番良いのは、地域スポーツクラブとハイブリッドにして、部活動は毎日練習するのではなく週に3、4日くらいにして、一度の練習時間も2時間くらいにすることだと考えています。

 教えたい教員は地域クラブのコーチを副業で行えばいい。練習量をそれくらいにしても、競技力の面でそんなに問題ありません。ただし、そのためには中体連や高体連などが主催する大会に、学校以外の枠組みで出場できるようにすることや、どんな家庭の子どもでもスポーツをできるようにするなどの、経済格差をなくす仕組みは必要になるでしょう。

 私は、部活動を全面的に廃止すべきだとは思っていませんが、現実問題として教師に過剰な負担がかかっているのであれば、部活動はできる範囲でやり、残りは地域に渡す。それで部活動が週に1日だけになっても、地域でスポーツができるならば、それでいいのではないかと考えています。

 この改革を進めるために、一番のポイントになるのはアスリートだと思います。日本のアスリートは自分たちの状況を変えるために声を上げるようになりました。アスリートが変わり始めているのです。今度はそれを、次の世代のために、誰もがスポーツで幸せになれる方法を発信していってほしいのです。

若い選手の台頭、冷ます教育が課題に

――東京オリンピックでは、10代の選手の活躍も注目されました。しかし、若くしてオリンピックに出場する傾向が強まると、アスリートの育成も難しくなるのではないでしょうか。

楽しむことを目的にしたスポーツも大切だと語る為末氏

 すでに卓球では、6歳以降に競技を始めた選手はほとんどいなくて、幼いころから家庭でラケットを握っています。そうなると、部活動が始まる中高生のころには、すでに選手として完成されています。

 一方で、小さいうちから才能を見つけようとすればするほど、本人の意向を無視することになります。あくまで本人の意思で自由にやるのがスポーツなのに、その原則とどうバランスを取るかは悩ましい問題です。

 競技にもよりますが、世界で勝つ選手を育てるために幼少期までさかのぼる必要があるものほど、中学校や高校の部活動から選手を育てていくというのは厳しくなっているのは事実です。やり方として、サッカー選手の育成のように、クラブチームもあれば部活動もあるような環境にすることが考えられます。

 ところが、今の日本では部活動で勝敗にこだわり、頂点を目指していく傾向にあります。この価値観はひっくり返さなければいけません。部活動は楽しむことを第一の目的にして、勝つことや技術力の向上などは学校の外に任せるべきです。日本では、スポーツをするからには他者と競争して、自分自身も成長して勝たなければいけないと考えがちですが、そうではなくて、ただ楽しいからやるスポーツも、これからは重視していくことが必要です。

 もう一つ指摘しておきたいのは、若い選手が結果を出した後のことです。目標に向かって選手の熱を上げる方法はたくさんあるのですが、目標を達成した後にどう冷ましていくか。実はそういう教育がすごく手薄なのです。スポーツ界全体を見渡していて思うのは、アクセルを踏んだり、熱量を上げたりする仕組みはあるんですが、そればかりでは個人がぼろぼろになってしまうので、ブレーキやエンジンを冷却させるシステムも同時に考えなくてはいけません。

(藤井孝良)

【プロフィール】

為末大(ためすえ・だい) 1978年、広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2021年8月現在)。現在は執筆活動、会社経営を行う。Deportare Partners(デポルターレ・パートナーズ)代表。新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。Youtube為末大学(Tamesue Academy)を運営。国連ユニタール親善大使。主な著作に『Winning Alone』『走る哲学』『諦める力』など。

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