為末大氏に聞く 子どもたちへの東京五輪のレガシー

 「一つの時代が終わり、いよいよ次の時代が来る」。男子400メートルハードルの日本記録保持者で、オリンピアンでもある為末大氏(デポルターレ・パートナーズ代表)は、東京オリンピック・パラリンピックをその象徴として捉える。震災からの復興やダイバーシティなど、さまざまなスローガンが掲げられた今大会は、日本の社会や子どもたちに何を残すのか。未来に向けた東京オリンピック・パラリンピックのレガシーを問う。(全2回の2回目/1回目はこちら

東京で外遊びはぜいたく

――今大会は子どもたちに何を残すのでしょうか。

インタビューに応じる為末氏

 直接観戦ができなくても、子どもたちは世界の風を感じているのではないでしょうか。その経験はとても大切だと思います。でも、オリパラをやったことで、子どもたちにはっきりとした何かを残せるかと言えば、そこは疑問です。新しく建てた競技施設は、今後の使い道という課題と一緒に残る。ホストタウンでは、地元の子どもたちと世界各国の選手の交流があったかもしれない。でも、逆に言えばそれくらいなんじゃないかと思うんです。

 そもそもオリンピックやパラリンピックは魔法ではありません。オリパラが来たから日本の課題が変わるわけではない。終わってみると以前の通り淡々とした日常があって、日本が抱えている課題はそのまま残っている。これから目を背けずに解決していかなければいけません。

 日本の社会における一番の課題は少子化だと思います。私も6歳の子どもの父親ですが、以前、東京で暮らしていたとき、外遊びのできる場所がすごく少ないことに気が付きました。東京で外遊びはぜいたくなのです。

大人たちが公共の場を考えるレッスン

――それは、公園などの遊び場が少ないということですか。

 ハードの面で大きな問題があるわけではないのです。日本の公園では何かと禁止事項が多いですが、それを見直したり、学校の校庭を開放したりすれば、遊び場はできます。しかし、日本では子どもたちを自由に遊ばせようとすると、危険の排除や責任問題に対して、とてもセンシティブになります。

 突き詰めて考えると、これは公共の場所をみんなでどうつくっていくかということなんです。誰の持ち物でもなくて、誰の責任でもないものを、みんなで話し合ってルールを決めていく。そういうことが今の日本はとても苦手としていて、公共の場所はほとんどが行政の責任で管理がされるようになっている。そうなると、行政は当然、守りに入らざるを得なくなって、いろいろな人のいろいろな意見を取り入れた結果、公園にはやたらと禁止事項が増えてしまった。

 子どもの外遊びの問題は、大人にとって社会の中に公共の場をどうつくればいいかを考える良いレッスンになると思います。野球のポテンヒットみたいに、自分の守備範囲の少し外にボールが来たときに、チームとしてどう対応するかを考える力が弱くなっています。子どもたちがまさにそのはざまに置かれているわけで、みんなでこれを考えることが、コミュニティーにとっても大事なことだし、社会全体で子どもを育てるという、少子化問題の一番本質に意識を向けることになると思います。

為末氏が考えるオリンピックのレガシーとは

 ロンドンオリンピックでは、レガシーとして「運動会」が残ったそうです。日本では誰もがイメージできる運動会ですが、海外にはその概念がないところも珍しくありません。ロンドンの運動会は、200~300人くらいが参加して、ちょっとしたスポーツをみんなで楽しんで、一緒にランチを食べるといったものですが、それがコミュニティーの再生につながっているわけです。メダルを取るとか、チャンピオンを目指すとか、そういうことではなくて、地域のつながりをつくったり、楽しい時間を一緒に過ごしたり、ある意味でオリンピックの価値観とは真逆ですが、そういう小さくても身近な公共の場を増やしていくことが、日本でもレガシーになるのではないでしょうか。


子どもたちに、いかにスポーツを好きになってもらえるか

――今大会を機に、日本のスポーツはどう変わるでしょうか。

 これからのスポーツは、本人がどうなりたいかを決めて、そのために努力をして、コーチはあくまで伴走者であるべきだと思います。ただこれは、残酷な一面も持っています。つまり、自分でやる気を出さない限り、誰も助けてくれないということです。今までは怠けていても厳しいコーチが無理やり引っ張り上げてくれたかもしれないけれど、これからそういうことはできなくなるでしょう。選手もコーチも自立した関係の中で、新しいものを構築していくのが、これからのスポーツの姿なのかもしれません。

 学校の体育の授業なども変わると思います。

 大人になって運動するかどうかは、子どものころに運動を好ましいと思っていたかどうかが影響しています。意外なことに、子どものころに運動をしていたかどうかは相関関係がないそうです。スポーツをするもしないも本人の自由ですが、将来的な国の医療費の増大を考えると、多くの国民に、年を取っても健康で楽しくスポーツをしてもらうための仕組みをつくる必要があります。

 そうなると、いかに学校で子どもたちにスポーツを好きになってもらうかが重要になってきます。今の子どもたちの中には、体育やスポーツが好きという子もいれば、そうじゃない子もいます。そうじゃない子がスポーツを好きになってくれるには、どうすればいいかをもっと考える必要が出てきます。もしかしたら、これまでの体育の授業や運動会、部活動などで、ごく当たり前にやってきたものでも、やめたり見直したりすることが出てくるかもしれません。学校に対してそのきっかけをつくるのが、アスリートやスポーツ界の役割です。

 日本はこれまで、海外に向けてずっと「変わる」と言ってきながら、変わることができませんでした。今回オリンピック・パラリンピックをやって、「今度こそ本当に変われるの?」と問われているのです。私たちは変わり続けるのだと、意識して行動していかなければいけません。日本が本当に変わるとすれば、これがラストチャンスだと思います。

(藤井孝良)

【プロフィール】
為末大(ためすえ・だい) 1978年、広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2021年8月現在)。現在は執筆活動、会社経営を行う。Deportare Partners(デポルターレ・パートナーズ)代表。新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。Youtube為末大学(Tamesue Academy)を運営。国連ユニタール親善大使。主な著作に『Winning Alone』『走る哲学』『諦める力』など。

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