グローバル・ティーチャー澤茉莉さん リテラシー重視の英語教育

 教育界のノーベル賞といわれ、世界各地で活躍する教員を表彰する「グローバル・ティーチャー賞2021」のトップ50に、岡山市の認可外保育所「アースエイトユニバーサルスクール」の英語統括責任者である澤茉莉(さわ・まり)さんが選ばれた。幼い頃から本が大好きで、海外経験も長い澤さん。現在は日々、幼児や小中学生に英語の授業をしながら、ハーバード大学教育学大学院で学んでいる。澤さんの英語教育は、ペラペラ話すことだけにこだわるのではなく、読み、考えながらリテラシーを養うことを重視する。澤さんの教育実践や、日本の英語教育の課題などについて話を聞いた。

本に囲まれて過ごした子供時代

――経歴を教えてください。

 生まれは日本ですが、父の駐在の関係で3歳の時に香港に移住し、英国系の幼稚園に通いました。小学1年生で米国に引っ越し、現地の学校に通いながら、土曜日は日本語補習校に通うという生活を、中学3年生になるまで送りました。家では日本語、学校では英語という環境で、小学校低学年の頃は日本語の端々に英語が混じることもありましたが、その後はうまく整理されていったように感じます。

年中の子供たちに読み聞かせをする澤さん(澤さん提供)

 両親は大変な読書家で、私も物心ついたときから週に1度は本屋に行き、本を1冊ずつ買ってもらっていました。母が言うには、子育ての中で一番大切にしていたのが「本をたくさん与えること」だったそうです。小さい頃から本を読み続けているので、読むこと、学ぶことに抵抗がなく、よい環境で育てられたと感じています。

 高校3年間は香港に戻りましたが、大学では再び米国に渡り、南部のアーカンソー州にあるハーディング大学で幼児教育を学びました。また、英語が母国語でない人に英語を教えるESL(English as a Second Language)や、読解を専門的に教えるリーディングスペシャリストの免許を取りました。

 修了後は、縁あって岡山市のアースエイト保育園(現・アースエイトユニバーサルスクール)の立ち上げに関わり、幼児や小学生以上を対象とした英語プログラムの開発を続けています。

――教育を志したきっかけは。

 中学2年生の時に米国の学校で、先生の補助をするプログラムに参加したのがきっかけです。小学2年生のクラスに行き、子供の計算の手助けをしたり、先生の丸付けの手伝いをしたりしていたのですが、その時の先生が本当にすてきな方でした。

 白人の先生が多い学校で唯一の、アフリカ系の女性の先生でした。とにかく子供が大好きで、子供たちからも絶大な人気がありました。私のような中学生がいきなりやってきても「よく来たね」とハグしてくれるような人でした。「こんな温かい雰囲気を作り出せるような先生になりたい」と感じたのを覚えています。

小学生を対象とした、メディア・リテラシーについての夏の特別授業(澤さん提供)

 現在はアースエイトユニバーサルスクールの英語統括責任者として働きながら、米ハーバード大学で人間発達・心理学を研究しています。コロナ禍で、日本にいながらにしてオンライン授業が受けられるようになりました。保育所での仕事を続けながら大学に通うのは、本当に大変ですが、世界各地の教育者とオンラインでつながって意見交換できるのは、非常に面白い経験になっています。

 ハーバード大学で学んだ人は、学校の校長や教育系企業のトップになるケースが多いのですが、今の私が一番力を発揮できるのは、子供や保護者と接することや、教育現場から発信していくことだと思っています。最終的な目標は、教育を良くすること。そのためにも現場とのつながりは、大切にしていきたいです。

説明するのは最初の10分だけ

――どのような英語教育を実践していますか。

 リーディングスペシャリストとしての背景もあることから、リーディング、ライティングの豊かさを伝えていきたいと思っています。

 園児向けの英語プログラムでは、アルファベットには音があるということ、単語がどの音でできていて、どのように書くのかを理解して、表現できるようになることを重視しました。一般的に、幼児期の英語教室ではABCの歌を歌って、単語を覚えて、手遊びをして……といった内容が多いですが、もう一歩、踏み込みたいと思ったためです。

 例えばCAT [kæt](猫)という単語なら、[k]という音は「C」と書くのだな、[æ]や[t]とつながって[kæt]という音になり、CATと書くのだな、という原理が分かってきます。年少では自分や友達の名前など簡単なところから触れていき、年中ではアルファベットと音のつながりを理解していきます。年長になると、単語の読み書きができるようになります。

 そのうち、卒園した子供たちから「もっと続けたい」という声が聞こえてくるようになりました。そのため、幼児期以降も積み重ねていけるようなプログラムとして開発したのが、小学1年生以降を対象とした「パイオニア・イングリッシュ(Pioneers English)」です。

 パイオニア・イングリッシュでは、ペラペラしゃべれるようになることより、批判的思考(クリティカル・シンキング)を通じて、自分のアイデンティティや、相手の意見を尊重できるようになるためのリテラシー教育を重視します。

園で何度も読んだ絵本を、今度は子供たちだけで読もうとしている(澤さん提供)

 ここでは本を読むことを通じて、いろいろな文化があることを学び、英語でさまざまな情報を得ることの面白さ、英語で表現することの面白さを実感していきます。私が一方的に教えるのではなく、ワークショップ形式でミニレッスンをして、その内容を踏まえて、子供たちが自分で考えるというスタイルです。

――具体的にはどういう活動をしていますか。

 現在、小学2~3年生を対象に「ノンフィクションについて考える」というテーマで学んでいます。ここでは「ノンフィクション」と言われる英語の文章を実際に読みながら、文章の中にどのような要素があるかを一緒に観察していきます。

 例えばノンフィクションには「I like dogs(私は犬が好きです)」などという個人の意見は、書かれていない。そこからfact(事実)とopinion(意見)の違いについて考え、「ノンフィクションは、自分の意見を言うための文章ではない」と理解していきます。他にも「目次や写真がある」「写真の下に説明書き(キャプション)がある」といった、ノンフィクションを構成する要素を、ワークショップ形式で探していきます。

 こうした授業を経て今は「自分がよく知っていることについて、自分でノンフィクションを書いてみよう」という段階に入っているところです。教材はテキストや教科書ではなく、私が海外で購入した本や、米国の出版社と提携して購入した本を使います。子供たちが日常生活の中で手に取る本や動画、つまりオーセンティック・マテリアルを使って、実際に使えるリテラシーを身に付けていきます。

――ワークショップ形式で進めるのですね。

 はい。10人以下のワークショップ形式で進めることにしていて、米国の研究者に助言をもらいながら改善を続けています。私だけが30分、40分と話し続けるのではなく、10分ほどで簡潔にポイントや進め方を説明した後は、「じゃあ、みんなでやってみよう」と切り替えます。話し合うことで学習できることは多く、それがワークショップの強みだと感じています。

 例えばかぎかっこの使い方を学ぶ授業なら、私が最初から最後まで説明するのではなく、「本の中でどうやって使われているかな」「あなたたちの文章の中で、どうやって使えるかな」「友達とお互いの文章を読んでみて、どうやって使っているか見てみよう」といった活動を通して、子供たちが自分で学び、考えていくというスタイルを取っています。

 ワークショップ形式だと、予定していた授業の流れでは難しいなどの課題が見えてきたときにいったん中断して、困っている部分を集中的に取り上げるなど、軌道修正がしやすいというメリットも感じます。

 保育所から続けて通っている子供たちは、非常にリラックスした状態で授業を受けてくれます。「合格点を取ったら次のクラスに上がる」といったやり方はせず、子供たちのレベルに応じたプログラムを作っていることもあり、英語を学ぶ時には間違えてもよい、むしろ間違えることによって学びができる、ということを理解してくれているようです。

 ある子供は「学校では〇や×を付けられてしまうけれど、ここなら間違えてもいいからやりやすい」と話していました。最初から完璧にこなせるわけではないし、だからこそ学ぶプロセスが非常に大事。そうした私の思いが伝わっていることはうれしかったですね。

日本は「話すこと」を重視しすぎる

――保護者に対するアプローチもされていますね。

 教育現場ではどうしても子供本人に焦点が当たりがちですが、サポートしてくれる保護者の理解も非常に大切だと考えています。よく見かけるのは、子供に「ゲームばかりしないで、本を読みなさい」と言っている保護者自身が、ほとんど本を読んでいないケース。それでは、子供がいきなり本を読み始めるわけがないですよね。

 そこで、保護者にも読書の楽しさを知ってもらえるよう、月に1度の読書会を4年ほど前から続けています。「子供が生まれてから本を読まなくなった」という保護者が、この読書会をきっかけに「本は面白いなと、改めて思いました」と言ってくれることが多く、そうした言葉を聞くと「やってきた甲斐があったな」と感じます。

 また、コロナ禍で中断してしまいましたが、年長児とその保護者を対象とした親子留学プログラムも開催していました。米国にある私の出身大学の附属小学校(キンダーガーデン)に1週間、通うというものです。子供だけでは不安も大きいですが、親子留学なら「授業が終わったら、親が迎えに来てくれる」という安心感があります。

親子留学で訪れた米国の学校で、折り紙を教えてあげる年長の子供(澤さん提供)

 岡山での日常生活で、ほとんど英語を使わないでいると、学ぶ目的を見失いそうになることもあります。そこで幼少期に一度、海外に行ってみると、英語が本当に使われている言語なのだと分かる。このプログラムに参加して「将来、米国の大学に行きたいな」と話す子や、「視野が広がった」と言ってくれる保護者がいて、とてもうれしかったですね。コロナ禍が終息したら、ぜひ再開したいと思っています。

――日本の英語教育をどう見ますか。

 日本の英語教育は、どうしても「話すこと」に重きを置きすぎてしまうように感じます。話すことが一番、目に見えやすく、成長を実感しやすいからかもしれません。とはいえ、「How are you?」と聞かれたら、「I’m fine, thank you.」と答える流れを記憶するのではなく、もっと思考して言語を使う必要があると思うのです。

 「何のために言語を学ぶのか」と問われれば、今の日本では「将来留学できるように」「海外で仕事ができるように」ということになるのでしょうが、それならば、もっと思考力を磨くことが必要。他人や自分自身のことを深く知り、考えを深く掘り下げられるリテラシーを身に付け、ひいては文化の多様性を認め合えるようになることが重要です。

 まずは大人の側が、何のために言語を学ぶのか、その目的をきちんと整理する必要があるのかもしれません。「とりあえず楽しくABCの歌を歌っておけばいい」というのではなく、言語を理解することは文化を理解することで、子供たちの可能性を広げていくことなのだ、という目的が明確になれば、子供たちへの発信の仕方も変わってくるはずです。

 (秦さわみ)

【プロフィール】
 澤茉莉(さわ・まり)2013年、米国Harding University幼児教育学部卒業。14年、Harding University Master’s in Readingを卒業し、リーディングスペシャリストを取得。同年、アースエイト保育園(現アースエイトユニバーサルスクール)の英語統括責任者・カリキュラムデザイナーに就任。17年、小学生向けの英語リテラシープログラムPioneers Englishを開設。20年9月、米国Harvard Graduate School of Education(ハーバード大学教育学大学院)Human Development and Psychology(人間発達・心理学)入学、22年修了予定。

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