GIGAスクール時代の情報モラル(下) 研究面でも新展開

 小学校などで模索が始まっているGIGAスクール時代の情報モラル教育。研究面でもさまざまなアプローチで新たな取り組みが始まっている。インターネットが生活インフラとなって久しいデジタル社会に生きる子どもたちに、どんな力を身に付けさせるのか。まさに今、シティズンシップ教育へのパラダイムシフトが始まっている。

ネット上の誹謗(ひぼう)
中傷のリアルを被害者が語る

 「何が起きたのかも分からずパニック状態になった。SNSで『事件には関係ありません』と投稿しても、相手側は完全に思い込んでいるので、何を言ってもうそつき呼ばわりされる。どうしていいか分からないのが一番怖かった」

素顔を隠し、教員志望の学生に自身が受けた誹謗中傷の内容を伝えるさはらさん(グリー提供)

 ニュースなどで繰り返しドライブレコーダーの映像が流れ、世間からの注目を集めた高速道路上でのあおり運転事件。加害者側の同乗者で、その様子を撮影していた女性と勘違いされ、ネット上で激しい誹謗(ひぼう)中傷を受けたさはらえりさんは、素顔を隠した状態ながら、そのとき体験した内容を大学生らに詳しく語った。

 ソーシャルメディア事業を行うグリーは、2013年度から千葉大学教育学部と共同で、教育の情報化に対応した教員の育成を目的とした共同授業に取り組んでいる。今年度はいじめや誹謗中傷をテーマとした小学生向けアプリなど、ICT技術を活用した教材の作成を行う。その導入として、この日の授業では実際の被害者であるさはらさんの話を聞く機会が設けられることになった。

 早くから弁護士と連携することができ、「デマをリツイートした人にも法的措置を検討する」と警告を込めた声明文を出したことで、事態を沈静化させることができたさはらさんだが、事件から2年がたった今も、この誹謗中傷事件に関する裁判が続いている。デマを流した加害者に対し、さはらさんは「本人もここまで大きな問題になると思わなかったかもしれないが、人を追い詰める行為をしたという責任を感じてほしい。これからの人生で、同じことを繰り返してほしくない」と憤る。学生らには「多くの人から『SNSなんてやらなければいい』というコメントもいただいたが、この時代にそんなことを言っている場合ではない。改めてインターネットとの向き合い方、使い方、SNSのリテラシーを高めていく必要がある。それは特定の限られた人だけではなく、子どもから大人まで全ての人が意識を持って使うことだ」と呼び掛けた。

 真剣な表情で熱心に耳を傾けていた学生は「私が小中学生で受けたネットの教育は『誹謗中傷は駄目』といった、抽象的なものが多かった。具体的にどういうひどい言葉や表現を使って、どういう方法で攻撃してくるのかといった話を聞いたことがない。現実味のある、聞いていて心に刺さる具体的なことを知る教育があってもいい」と、これからの教材作成に向けたイメージを膨らませていた。

 授業を担当する藤川大祐教授は「今まで私たちは、どちらかといえば内輪の中でのコミュニケーションの問題を考えてきたが、子どもたちもSNSを利用するネット社会の一員であり、匿名のコミュニケーションの中で人に傷つけられたり、人を傷つけたりする可能性がある。こうした視点での子どもたちへの教育は、これまであまりできていなかった。デジタルがある中での一市民としての意識について、改めて学んでもらうことが必要だ」と話し、ネットの浸透によるデジタルシティズンシップ教育の必要性を指摘する。

技術と教育の両面からアプローチ

 計算社会科学が専門の鳥海不二夫・東京大学大学院教授らの研究グループは、国立研究開発法人科学技術振興機構社会技術研究開発センター(RISTEX)の研究開発プロジェクトとして「未成年者のネットリスクを軽減する社会システムの構築」をテーマに、リスクを事前検出するシステムの開発や、ネットリスク教育法の開発、安全なネット社会へのインセンティブの設計などに取り組んできた。

 民間のサービスと共同研究したリスク検知システムでは、SNS上での性的搾取が目的で子どもを誘い出そうとする可能性が高いユーザーを行動パターンやさまざまなデータから予測し、被害に遭いそうなユーザーに注意を促すメッセージを送ったり、SNSを通じていじめを受けているパターンに該当する子どもを検出し、本人や保護者に自動アラートを送信したりすることができる。システム開発を行った鳥海教授は「GIGAスクールの端末でも使えるようにアプリを実装することは技術的には可能だ。自治体などでやりたいという申し出があれば技術協力したい」と話す。

 また、研究グループではこうしたシステム開発だけでなく、ネットリスク教育法の研究も行い、技術と教育の両面からアプローチする。その一つである漫画教材は、SNSのコミュニケーションでよく起こる友達関係での板挟みなどを、傍観者の視点で登場人物の気持ちに共感しながら捉えていくところに特徴があり、知識面よりも実際の場面で自分なりに考えて行動できるようになることを重視した。教材を開発した情報社会学が専門の折田明子・関東学院大学准教授は「日本の情報モラル教材は問題が起こると取り返しがつかないと、子どもを脅すような内容のものが多い。そうすると、子どもはトラブルに巻き込まれてもどんどん隠すようになるのではないか」と指摘。これらの教材は中高生向けに作ったものだが、小学校高学年の授業で使ってみたいという声もあるという。

 子どもたちが個人のスマートフォンを持ち、SNSで友達とリアルでもオンラインでもつながる中で、教師や保護者がネット上で起こっているいじめやトラブルに気付くのは至難の業だ。この問題に、大人や社会はどう向き合うべきか。「子どもがICTやネットのことで何か失敗をしても、大人が怒らずに一緒に考えてくれる存在になることで、子どもは相談相手として信頼してくれるようになり、ネットいじめやトラブルに巻き込まれてもSOSを出してくれるようになる」と折田准教授。保護者や教師がそうした意識を共有し、いろいろな大人が子どもの情報モラル教育に関わっていくことが大切だとアドバイスする。

 鳥海教授は「ネットいじめは最近始まった現象ではなく、普通のいじめ問題と同じで魔法のような解決方法はないと考えるべきだ。ネットいじめへの対策として、技術的にできる部分とできない部分がある。子ども自身が自分の身を守るための判断力を育てることも大切だ」と強調する。

トラブルは起こる前提で対処方法を身に付ける

 教育工学が専門で、さまざまな情報モラル教材を開発している塩田真吾・静岡大学准教授は「これまで小学校ではスマートフォンを持っている子とそうでない子がいる状況だったが、GIGAスクール構想で全員が端末を持ち、活用する状態になった」と、小学校における情報モラル教育の前提が変わったことを指摘する。

 その上で、従来のように道徳や学級活動の時間などに、具体的なトラブル事例を取り上げて指導するだけでは不十分だとし、普段の授業の中で端末を使う場面で少しずつ触れていくことが効果的だと呼び掛ける。「例えばネット検索をする際に情報の信ぴょう性を考えたり、プレゼン資料を作成する際に著作権を学んだりする活動を取り入れる。これまでのように年に数回だけ、ICTが得意な教師が担当するというものではなく、全ての教師が教えていく必要がある」といい、そのための教員研修や教材開発も高まるとみる。

 また今後、端末を使った子ども同士のトラブルも増えていくことが考えられる。塩田准教授は「トラブルをゼロにすることは難しい。『ネット上でどこまでの内容を書き込むとまずいのか』など、リスクをグラデーションで捉えられるようにして、取り返しがつかなくなる一線を超えないようにする考え方も重要だ。ICTが得意な子どもに役割を与え、率先してそうしたトラブルを見つけて対処していく活動も有効ではないか」と提案。

 「トラブルは起こるという前提で『困ったら声を上げる』『見つけたら注意する』などの適切な対処方法を身に付けさせていくべきだ。小学校段階で情報モラルの基礎が育てられれば、中学校や高校ではさらにICTの活用に振り切ることができる」と、小学校段階からの情報モラル教育の充実に期待を寄せる。

(藤井孝良、松井聡美)

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