ESDと連携した防災教育の未来像 被災地の教員らが報告

 11月27日にオンラインで開かれた第13回ユネスコスクール全国大会・ESD研究大会では、東日本大震災の発生から10年を迎えたことを受け、宮城教育大学とつないでパネルディスカッションが行われた。ユネスコスクールにもなっている宮城県気仙沼市の公立小学校の教員らが登壇し、地域と連携した避難訓練や教科の中で取り組む防災教育の実践の成果、次世代への記憶の継承に向けた課題などを報告。ESDと連携させた防災教育の未来像を話し合った。

リモートで宮城教育大学とつないで行われたパネルディスカッション

 パネルディスカッションを始めるにあたって、基調講演を行った市瀬智紀・宮城教育大学教授は、東日本大震災発生当時から現在までの動きとして、ドイツをはじめとする世界各国のユネスコスクールから被災地にメッセージが届いたことや、震災後に世界各地に防災教育を発信する取り組みが広まったことを指摘。気仙沼市立階上(はしかみ)中学校では、震災の記憶を継承するために、生徒が地域住民から当時の話を聞いたり、震災遺構でのボランティア活動を行ったりしている取り組みなどを紹介した。

 パネルディスカッションでは、気仙沼市立気仙沼小学校で防災主任をしている畠山三弘教諭が、宮城教育大学の教職大学院で研究している防災教育の課題について報告。「子どもたちの心を揺さぶり、地域を支えようという意識を育てることが大切だ。いつ大規模な災害が来るか分からない中で、最も大切な備えは、地域を支える人づくりだと考えている」と、震災の記憶の継承や、地域で防災に取り組む人材育成に向けた視点を解説した。

 また、東日本大震災を宮城県南三陸町立名足小学校で経験した気仙沼市立大谷小学校の榧木(かやき)千枝教諭は、想定外の津波が来たことで児童らと共に高台へと避難したエピソードを語った。その上で榧木教諭は、震災後に教員らで制作した「防災学習シート」の取り組みや、幼稚園・中学校・公民館が連携して行う合同避難訓練について紹介。合同避難訓練では「10分以内に避難することを目指して訓練しているが、実際の津波からの避難では、避難した後にかなり長い時間をその場で過ごさなければいけない。今後の課題として、中学生と小学生、幼稚園が普段から交流し、顔見知りの関係をつくっておくことも大事だと思っている」と指摘した。

 震災当時は名足小学校の6年生で、現在は榧木教諭と同じ大谷小学校で勤務している三浦美咲教諭は、宮城教育大学での防災教育の学びを生かした4年生の社会科の授業実践を発表。その実践では、GIGAスクール端末を家庭に持ち帰り、防災バッグの中にどんなものが入っているかを撮影してきて授業で共有したり、学校にある市の防災倉庫に入り、どんな防災用品がどれくらい備蓄されているかを確認したりして、子どもたちが防災を自分事として捉えた後、同校の校長になったと想定し、「災害が発生し300人が避難している中に、200人分の弁当が届いたら、すぐに配るべきか」といった問題を子どもたちでディスカッションするという。

 三浦教諭は「震災当時の経験や大学での活動などから、備えの重要性を感じている。すぐそばに備えはあるのに、子どもたちは知らないのが現状だ。まずは学校で災害への備えが身近にあることを学ばせ、日頃から災害への備えに触れさせて、社会の一員としての自覚を育てることが、未来への備えにつながっていく」と話した。

 東京の会場から教員らの話に耳を傾けていた前宮城教育大学学長の見上一幸・尚絅(しょうけい)学院大学特任教授は「先生方がされている防災教育は決して無力ではない。(震災直後に)『附属小では防災教育をしていたが、その成果はどうか』と聞かれ、『震災があまりにも大きく、震災の前には教育も無力だ』と返事をした。ところが、その後で、防災教育でやったことの一つ一つが子どもたちの行動に表れていたと附属小の先生から聞いた。どんな小さなことでも、防災教育は子どもたちに生きる」と強調し、ESDやユネスコスクールと連携した防災教育の効果に期待を寄せた。

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