「#教師のバトン」と校則改革で見えた 問われる教師の姿勢

 コロナ禍が続き、小中学校で1人1台のGIGAスクール端末が導入された2021年。学校や教師の在り方を問い直すことにつながる2つの取り組みが盛り上がりを見せた。校則の見直しに向けた動きと、文科省が始めた「#教師のバトン」だ。オンラインイベントなどを通じてこれらについて取り上げてきた内田良・名古屋大学准教授と、岐阜県の高校教諭で、「斉藤ひでみ」の筆名で制服を着ない自由を認める「制服の選択制」について署名活動を行った西村祐二教諭が執筆者に名を連ねる書籍『校則改革 理不尽な生徒指導に苦しむ教師たちの挑戦』(東洋館出版社)と『#教師のバトン とはなんだったのか 教師の発信と学校の未来』(岩波ブックレット)が今月、相次いで出版される。内田准教授と西村教諭に、一見別々のものに見える2つの現象の共通点を聞いた。

一番大事なのは、みんなが安心して学校に行けること

――21年に入ってすぐに、西村教諭が署名を始めたり、内田准教授がYahoo!ニュースで校則の問題を取り上げたりしました。

校則問題と「#教師のバトン」が話題となった今年を振り返る内田准教授(左)と西村教諭

 西村 僕は以前から給特法や変形労働時間制の署名活動をしていたので、制服の問題で署名を始めようとしたとき、ある友人から「やめた方がいいのではないか」と忠告されました。今まで「斉藤ひでみ」として教員の働き方改革についてやってきたのに、校則について言い出せば味方になってくれる教員は減るのではないか、と。案の定、実際にそうなりました。その分、今では保護者や子どもたちとつながることが増えたと思います。でも、もともと僕は教員の働き方改革よりも、この校則の問題の方が関心が高かったんです。

 内田 以前は、制服について議論するのはタブーに近いものだったと思います。下着の色が決まっているといった理不尽な校則については「おかしい」と声が上がっても、これが制服をなくすという話になると「制服はあってもいい」となる。マジョリティーにとって、制服は受け入れられる校則だったわけです。でも、それがこの署名の影響もあって、この1年で議論ができる状況になったと感じています。

 ただ、働き方改革について考えてくれる教師ならば、きっと理不尽なルールの存在やそれによって子どもの人権が侵害されることも、きっと真剣に考えてくれると思ったのですが、正直なところ、反応が鈍くて驚きました。

 西村 でも、校則の問題は本来、僕ら教師の責任で何とかすべき問題で、つまり自分事のはずなんですよね。校則は教師が変わらなければ解決されないのです。

 教師をしていれば、学校のルールに傷ついたり、それが原因で学校に行けなくなったりしている子どもと出会うと思います。ルールを守ることも大事かもしれないけれど、それ以上に大事なことは、みんなが安心して学校に行けることなのではないでしょうか。そのことを、僕ら教師はコロナ禍で痛感させられました。この2つをてんびんにかけたとき、教師として、学校として、どちらが大切なのか。「絶対に子どもたちでしょう」と言いたい。子どもたちが何に傷ついていて、それを可能な限り取り除くために何ができるのかを、全国の教師に考えてもらいたかったのです。

――今年に入って、全国各地の学校で校則の見直しに向けた動きが出ています。

内田准教授は生徒主体で校則を見直す動きに疑問を投げ掛ける

 内田 よく、「生徒が学校に働き掛けて、靴下の色が白以外も認められるようになりました」というような取り組みがニュースになりますよね。確かに、生徒が主体的にルールについて考えたり、変えていこうと動いたりすることはいいことなんですが、同時に違和感も覚えます。靴下の色を変えるという、ある意味すごく些細(ささい)なルールの改正に、ものすごい時間と労力をかけている。子どもたちは苦労して達成できたから大喜びかもしれないですが、それで学校の校則が根本的に変わったわけではありません。

 校則改革をする主体は、本当は生徒ではなく教師なんです。教師が学校の校則そのものについてもっと議論して、変えていかなければいけないのではないでしょうか。これは来年以降の校則問題の論点になると思います。

教師の発信に世間が注目しているからこそ

――今年は、3月に始まった「#教師のバトン」プロジェクトで、教師の働き方がクローズアップされることになりました。

「#教師のバトン」の発信が建設的な議論になっていないと指摘する西村教諭

 西村 教師がツイッターで発信することに文科省がお墨付きを与える形になり、文科省の思惑はともかく、結果的に教師が声を上げるようになったことが大きかったと思います。

 内田 今もなお、「#教師のバトン」が付いたツイートが流れてきていて、それもただのつぶやきではなくて、「誰かに伝えなくては」という情報発信を前提とした内容になりました。メディアだけでなく、多くの人が教師の働き方に問題意識を持ってくれるきっかけになりましたね。

 西村 一方で、文科省と教員の間に分断が生じているとも感じます。ツイートを見ていて気になるのが、本当はその学校の中で解決しなければいけないようなことでも、全て文科省にぶつけている。まるで強い者いじめをしているみたいに見えます。

 僕が給特法の署名を文科省に持っていったとき、若い官僚の人たちがすごく熱心に僕の話にうなずいてくれたのが今でも印象に残っています。文科省の中にも本気で何とかしないといけないと思っている人がいるんだと気付きました。今のツイートでは、そんな思いのある人たちにまで石を投げていることになる。巡り巡って、これでは教師のためにならないのではないかと思います。文科省たたきに終始しているようでは、まったく建設的ではありません。

――来年は、給特法の本格的な見直しの議論に向けた、教員の勤務実態調査も行われます。

 内田 その意味では、「#教師のバトン」も使いながら、教師は声を上げ続けなければいけないですね。文科省任せではなく、きちんと教師もものを言わないといけない。そうしないと、教師にとっていい方向に改革が進むとは限りませんから。

 西村 僕は今、名古屋大学の大学院で内田ゼミに通いながら、教員に対するウェブ調査に携わっているのですが、多くの教員は給特法や教員の働き方について、どんな改善を求めているのかを聞いてみたいと思っています。具体策になればなるほど、いろいろな議論が出てきて大変なことになると思いますが、これからそういう議論をしていかなければいけない時期に来ていると言えますね。

――改めて、今年大きく動いた校則と「#教師のバトン」の現象から、どんなことが見えてくるのでしょうか。

校則問題と「#教師のバトン」について書籍を出版する内田准教授と西村教諭

 内田 この2年近く、私たちは自分たちの健康を第一にして物事の設計をやり直すことになりました。それは教師も同じはずで、子どもが安心安全に過ごせることが学校の土台だったことに気付かされました。校則の問題も、「#教師のバトン」で出てきた働き方の問題も、安心安全を第一に学校を考えようという観点では共通しているんです。コロナ禍が収まれば、元に戻ろうとする動きは当然出てくると思いますが、そのときに「学校は安心安全な場所でなければいけない」という前提は、これからもずっと変えないようにしないといけないですね。

 西村 今まで学校現場は肩肘張って頑張ってきたわけですが、もっと肩の力を抜いてみてはどうでしょう。背負ったものを一度全部下ろして、最低限のものだけを選んでみたら、荷物は案外多くないかもしれません。あれもこれもやらなければいけないと思い込んでいただけなのかもしれませんよね。校則だって、一度ゼロにしてから本当に必要なものだけを拾えばいいし、教師がやるべき仕事もまずは最低限のことをしっかりやって、その上で残った時間で何ができるかを考えるようにした方がいいのかもしれません。

 それともう一つ、「#教師のバトン」にしても、校則問題にしても、今、世間は教師の一挙手一投足にすごく注目しています。教師の発信は子どもたちや保護者も含めていろいろな人が見ていて、賛同や応援をしてくれるかもしれないし、反論や批判だって受けるかもしれません。当然、これには発信する責任も伴います。チャンスでもありピンチでもあるのです。そこに立ち返って、校則や働き方について、一人の教師としてどんな発信をしていけばいいのか。発信する教師の一人一人に問われていると思います。

(藤井孝良)

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