【Z世代の教育論】 日本で生まれた子供たちを生きやすく

 在留外国人の増加などを背景に、学校現場では日本語能力に課題がある子供たちが増えている。「子供たちの母語はさまざま。その負担はまず教員に行くのに、そこに対するセーフティーネットが存在していない」。こう語る一般社団法人ひととの中井澤卓哉代表理事はいま、世界64カ国にまたがる1200人の日本語教師コミュニティを立ち上げ、日本語教育が必要な子供たちの学習支援につなげる事業に取り組んでいる。中井澤さんはZ世代と呼ばれる23歳で、筑波大学教育学類を休学中の現役大学生。中教審の各委員会の中で最年少の委員でもある。「いろいろな背景があって、たまたま日本の社会で生まれた子供たちが少しでも生きやすくなればいい。それが達成できる仕組みを作るのが、一番のミッション」と、志は高い。

(教育新聞編集委員 佐野領)

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世界64カ国1200人の日本語教師が支援

 「ひとと」はいま、愛知県高浜市で、現地のNPO法人と連携して、日本語能力に課題がある子供たちを対象に、日本語や母語による学習支援に取り組んでいる。同市では12月1日現在、住民2万975世帯のうち、外国人だけで暮らす人たちが2154世帯あり、全体の10%超を占める。そうした外国人たちを支援するNPO法人が、子供たちを対象に開いている学習支援教室に、その子たちの母語が分かり、日本語学習を支援できる日本語教師を国内外からオンラインでつなぎ、子供たちの背景に合わせた学習支援を提供しようというのが、「ひとと」の試みだ。

 外国人の子供たちと言っても、背景は一人一人ばらばら。現在、5人の学習支援を行っているが、母語はタガログ語、ポルトガル語、中国語に分かれている。

 「もし子供たちが日本語でのコミュニケーションに課題があれば、それぞれの母語が話せる日本語教師が必要になる。例えば、タガログ語が母語の小学生だったら、タガログ語が話せる人で、同時に彼らの日本語学習を支援できる人が必要。しかも、ただ単に日本語やタガログ語を教えられる人を集めればいいだけじゃない。日本語を教えることで、その子にとってどういう良いことがあるのか、ちゃんと分析して分かっている人じゃないと、結局、関わってもらっても、子供のためにも、その人のためにもならない」

インタビューで笑顔をみせる中井澤さん

 求められている人材は、それぞれの母語が話せて、日本語を教えることができ、そうした学習支援が子供たちのウェルビーイング(幸福感)にどのようにつながるかを分かって接することができる人、ということになる。そんな高い資質と能力を持った人材は、そう簡単には見つかりそうにない。「だからこそ、日本語教師のコミュニティを作っていく」と、中井澤さんは力を込める。

 このモデルの背景には、帰国留学生の存在がある。帰国留学生とは、かつて日本に留学した経験があり、母国に帰った人のこと。世界各国で政府の中枢や企業幹部として活躍している人材が多い。帰国留学生会という任意団体も各国で作られており、現在、世界113カ国に213組織あり、全世界でほぼ10万人の帰国留学生が所属しているという。

 こうした帰国留学生をネットワーク化する取り組みを、(一社)日本国際化推進協会(JAPI)が外務省や文科省と共同で進めてきた。JAPIは日本で暮らす大学生以上の外国人を対象に就職などのキャリア支援を行っているが、その支援対象を小中高生にまで広げようというのが、「ひとと」の試みだ。中井澤さんはJAPIの副事務局長も兼務している。

 「帰国留学生のネットワークは、もともと日本に留学していた人が中心となっており、日本語ができたり、日本を好きだったりする人が多い。その人たちに声を掛けて、学習支援をやってもらうことも考えている。例えば、タガログ語の支援が必要だったら、そこのネットワークから連れてくればいい」

 ひととの創業時から日本語教師のコミュニティを作り始めて、現在、世界64カ国から1200人の日本語教師・日本語教育関係者が所属している。母語と日本語ができるだけでなく、子供たちのウェルビーイングを考えることができる質の高い人材だ。

日本語支援に必要な「ひと・資金・もの・情報」

 在留外国人に対する日本語教育は、2019年6月に「日本語教育の推進に関する法律」が施行され、国や自治体などは日本語教育を受ける機会の最大限の確保に努めることが定められた。文科省によると、日本語指導を必要とする児童生徒は2018年度に5万人を超え、母語の多様化も進行している。2019年度に初めて実施した「外国人の子どもの就学状況等調査」では、約2万人の外国人の子どもが就学していない可能性があるか、就学状況が確認できていない状況にあることも明らかになった。

家庭で日本語を話す頻度別にみた、全国学力調査の正答率

 2021年度の全国学力・学習状況調査の質問紙調査によると、家で日本語をあまり話さない子供(「ときどき話す」「全く話さない」の合計)は小学生で2.9%、中学生で3.2%を占めた。全国平均で1クラスに1人は存在する計算になる。同時に、家で日本語を「いつも話している」子供と「全く話さない」子供の間には、学力調査の正答率の差が小学校の国語で20.2ポイント、算数で19.2ポイント、中学校の国語で15.6ポイント、数学で12.5ポイントあることも分かった=グラフ参照。日本語に課題のある子供たちへの対応は、全国の学校で避けて通れない状況になりつつある。

 中井澤さんは、こうした課題に取り組むため、2020年5月にひととを設立した。「就学状況が分からない子供が全国に2万人いるので、これをゼロにしたい。日本語指導が必要な児童生徒が全国に約5万人いて、そのうち2割が必要な支援を受けていないので、これは100%に引き上げたい。それらを10年後のゴールに置いて、社会的なインパクトを出したい」と、大きな目標を掲げる。

 だが、現実は甘くはない。「高浜市で始めたモデルにたどり着き、リソースを整備するまでに1年半ぐらいかかった。リソースの整備はそう簡単ではない」と苦笑する。

 この事業に必要なリソースには、ひと・資金・もの・情報の4つがある。このうち、ひとの部分は、日本語教師コミュニティや帰国留学生のネットワークに当たる。

 資金については「日本語教育業界の根深い問題がある。国内の地域住民対象の日本語教育は1980年ごろ、インドシナ難民への支援で本格的に始まり、その後は国の政策が追い付かないまま、ボランティアで行われてきた」と説明。「環境問題をはじめSDGsへの投資が広がってきているのに、日本語教育の分野では、投資家に分かりやすく説明して事業を発展・継続させ、子供たちの支援にもつながるといったモデルを示せる経営者がなかなかいない。そこは自分が担うべき重要な役割だと思っている」と述べ、社会起業家としての自負を見せた。

 もののリソースは、オンラインの活用が大きく関わってくる。「いま問題になっているのが、散在地域と呼ばれる地域がすごく増えていること。学校に支援が必要な子供は1人しかいません、という地域に対して、母語ができる講師や日本語教師を送れますかと言えば、どうしても物理的に限界がある。対面で支援するモデルも使いながら、オンラインでできるところはオンラインでやった方が、何もやらないよりはまし」と話す。ICT環境が不十分な子供たちも多いので、GIGAスクール構想による1人1台端末や通信網の提供は、大きな後押しになったという。

 情報については「教員のノウハウの部分が大きい。日本語が分からず、学習や発達の遅れもあるという子供たちを支援できるノウハウを持つ教員はなかなかいない。文科省はカリキュラムの大枠を示していても、実際には子供たちの背景はばらばら。個別の事情に合わせてそれぞれのカリキュラムに落とし込める専門家は少ない。ノウハウが体系化されて共有できるナレッジ(知識)にはなってない」と、問題点を指摘する。

 「ひとと」が高浜市で実践しているモデルでは、子供たちに対面で支援するのは、現地のNPO法人のメンバーたち。ただ、そのメンバーは必ずしも子供たちの母語が分かるわけではない。そこで日本語教育や母語による支援などの知的リソースについて、「ひとと」が日本語教師コミュニティや帰国留学生のネットワークを活用してオンラインで供給している。

 中井澤さんは「日本語に課題のある子供たちが学校に入ってきたとき、まず負担がくるのは学校の教員。それなのに現状では、教員に対するセーフティーネットワークがない。だから、現地のNPO法人と提携を組んで、まずはオンラインで目先のソリューションを提供しようと考えた。高浜市のモデルを改良しながら、2022年には学習支援の現場を4つか5つに増やしたい」と、次のステップを見据えている。

10代、20代、30代にはイノベーターが増えている

 あなたのミッションは何ですか――。こう質問すると、中井澤さんは「たまたま日本の社会で生まれた子供たちには、いろいろな背景がある。彼らが少しでも生きやすくなればいい。それが達成できるような仕組みを作るのが、いま一番のミッションだと思っている」と、よどみなく答えた。こうした社会的なインパクトのある目標を追いかけようとする姿勢は、どのように育まれたのか。これまでたどってきた学びのプロセスや、そこにおける学校や教員の役割について、掘り下げて聞いてみた。

 中井澤さんは神奈川県秦野市で育ち、小中学校は地元の公立学校に通った。最初の転機となったのは、高校進学で県立横浜国際高校(横浜市南区)を選んだこと。入学してみて、カルチャーショックを受けたという。「3分の2が何かしら海外と関わりがある生徒だった。海外で育って高校から帰国してきた人もいるし、自分はずっと日本にいたけど、親のどちらかが外国籍だとか、いろいろな人がいた」。

 カルチャーショックは、文化的な多様性だけではなかった。「欧米やアジアの協定校に、3週間ぐらい生徒が行くんです。費用が40万円ぐらいかかるのに、みんな親がポンポンと出してくれる。でも、自分は経済的な事情で行けなかった。そういうお金を簡単に出せる人もいるんだな、というカルチャーショックは大きかった」と振り返る。

 大学は筑波大学教育学類を選んだ。「とにかく家を出たかった。でも、一人暮らしすると経済的にも大変。大学の授業料免除を受けながらアルバイトして、仕送りはずっとゼロで通った」。

 筑波大学では、逆のカルチャーショックを受けたという。「多様性の程度が低かった。教育学類は1学年の学生が40人弱で、外国籍の人や海外で育った人はほとんどいない。高校のぐちゃぐちゃした環境から、日本の社会らしい整った環境に戻ってしまった。もっといろいろな世界を見てみたくなった」。この好奇心が飛躍のきっかけとなった。

 2017年10月から12月にかけ、内閣府が募集していた東南アジア青年の船に乗った。大学2年生の秋だった。参加費の自己負担分約30万円はアルバイトを4つ掛け持ちしてひねり出した。

 3年生になり、同級生たちが教員採用試験や大学院進学、就職活動の準備を始めるころ、カザフスタン出身の指導教官、タスタンベコワ・クアニシ准教授から日本語教育の面白さを教わった。「東南アジア青年の船から帰ってきて、次は留学行くか、と思っていたところで、日本語教育の世界を知った。どうせやるなら、海外で日本語を教えてみたい。それも授業のアシスタントではなく、自分で1年分のカリキュラムを作ってみて教えてみたい、と思い立った」。

 筑波大学の海外協定校のリストをみながら、日本語学科がある大学に連絡を取りまくり、最終的にスロベニアのリュブリャナ大学が受け入れてくれることになった。計画書を作って文科省の官民協働プログラム「トビタテ!留学JAPAN」に応募。協賛企業から無事、留学費用を得た。スロベニア政府も奨学金を出してくれた。留学先のリュブリャナ大学の日本研究コースでは週6コマの授業を持ち、スロベニア各地の小学校で日本を紹介するゲスト講師も務めた。

「たまたま日本で生まれた子供たちが生きやすくなればいい」と語る

 この留学を準備する過程で、重要な出会いがあった。トビタテ!留学事務局を通じて、帰国留学生のネットワーク作りに取り組んでいたJAPIの大村貴康代表と知り合い、スロベニア留学の期間中に、中央・東ヨーロッパ地域の帰国留学生のコミュニティ作りのリサーチをすることになった。

 こうした出会いと人脈が、中井澤さんの活動を一気に加速させた。2019年8月に留学から帰国。同じくトビタテ!留学事務局から日本語教育分野で起業を考えている人を紹介され、「最初は自分で起業する気持ちはさらさらなかったのに、相談に乗るうち、「ひとと」を創業して代表を引き受けることになってしまった」という。

 中井澤さんの歩みを振り返ると、好奇心を持ち、自分から飛び出し、さまざまな出会いを重ねながら試行錯誤を繰り返し、社会的なインパクトのある活動へとつなげていったことが分かる。学習指導要領の前文は、学校教育の目的として「一人一人の生徒が(中略)多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となる」ことを求めているが、中井澤さんはそうした変化が激しく将来の予測が困難なVUCAの時代に、社会に働き掛けながらポジティブに生きようとするZ世代の一員に思えた。

 「将来の社会について、自分は割と楽観的に考えている」と、中井澤さんは言い切る。その理由を聞くと、「世の中を良くしたい、という気持ちを持っている人が多い。10代、20代、30代では、いわゆるイノベーターとしてくくられる人が着々と増えてきていて、こういう人たちが世の中を変えていくだろうな、っていう実感が確実にあるから」と説明した。

 「トビタテ!留学とか、大学生・大学院生で起業などをしている人向けにNPO法人ETIC.が主催しているコミュニティ『MAKERS UNIVERSITY』とか、本当にいろいろな人がいる。こういう人たちが可能性を発揮していった先の世界には、どんなシナリオがあるのだろうか、と思うと楽しみになる」。前向き思考は、出会いと経験の積み重ねから生み出されてくるらしい。

 これからの教育にとって、大切なことは何だと考えるのだろうか。中井澤さんは「これは、ひととでやっていくこと」と前置きして、「10年単位で言うと、分かりにくいものに対する否定的な価値観はなくなってほしい」と話す。

 「とりあえず大学に行って就職すればOKというのは、教師側にも分かりやすい。でも、現実はどんどん分かりにくくなってくる。例えば、国籍が違っても、同じ人であるところは普遍的。だけど、同じ日本人という普遍的なところを見ても、その中にはたくさんの多様性がある。つまり、視点を変えると、ものの見え方は変わっていく。教育はその時々、その視点に応じて最適なものであり続けていくことが必要になる。そうした分かりにくさが当たり前になるような教育の在り方を徐々に実現していきたい。いまは、そのプロセスの途上にいるのではないか」

 子供たちが抱えている分かりにくいものを否定しないようにするために、学校の役割は何だろうか。「学校だけは、何があっても絶対に許せる場であってほしい。どんな状況にいる子供でも、とりあえず学校に来れば、安心して話せる人が1人いたり、友達と話して楽しかったり。そうした心理的安全性が担保されないと、ちょっと背伸びが必要な学びは生まれないはずだから」

 こう語る中井澤さんは「中学校でも高校でも、先生には恵まれていた」と振り返る。「何かをやりたいと言ったときに、『まあ、いいんじゃない』と背中を押してくれて、それでいながら、致命的な失敗だけはしないようにフォローしてくれる先生がいた。ここまでは許容可能な失敗だよね、と判断しながら見守ってくれた」

 学び続けるのは子供自身で、それぞれの子供たちに伴走しながら最適なサポートを提供する教師がいる。Z世代のイノベーターにとって、学校現場における「個別に最適化された学び」は、すでに当たり前の考え方になっているようだ。

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【プロフィール】

中井澤卓哉(なかいざわ・たくや) 1998年、神奈川県生まれ。(一社)ひとと代表理事、(一社)日本国際化推進協会副事務局長、第11期中央教育審議会初等中等教育分科会臨時委員。筑波大学教育学類在学中。2018年から2019年にかけ、トビタテ!留学JAPAN 日本代表プログラムの奨学金を得て、スロベニアの大学、日本語学校、小学校で日本語講師を務める。帰国後、(一社)ひととを設立し、日本語教師のコミュニティ、外国人採用企業の日本語研修、日本語学習者向けのコーチング等、日本語教育関連の事業に従事。日本語教師のコミュニティを生かし、日本語に課題のある子供たちへの日本語教育やそれぞれの母語を生かした学習支援に取り組んでいる。

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