【Z世代の教育論】 若者の政治参加と学校・教師の役割

 こども家庭庁の創設をはじめ、子どもや若者に向けた政策が重要視されるようになっている。そんな中、昨年秋に行われた衆院選で「若者が声を届け、その声が響く社会をつくろう」と呼び掛けた「NO YOUTH NO JAPAN」の活動が注目を集めた。同世代の若者が政治に無関心なことに疑問を感じ、「NO YOUTH NO JAPAN」を立ち上げた慶應義塾大学院経済学研究科修士1年の能條桃子代表理事に、子どもたちや若い世代が政治へのアクションを始めたとき、身近な大人である教師はどのように関わればいいかを聞いた。

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正解のないことに意思表示をする経験がない

 学校では社会科の授業がもともと好きで、大学では経済学を専攻したのですが、ずっと政治に対する問題意識を感じていました。しかし、大学では、周りはみんな政治のことなんて興味がないし、お互いに話さない。どうしてだろうという思いもあって、若者の投票率が80%を超えると言われているデンマークに留学して、向こうの政治と社会の姿を肌で感じ取り、2019年から「NO YOUTH NO JAPAN」の活動を始めました。今では全国に約70人の仲間がいます。

 「NO YOUTH NO JAPAN」を設立してから2度目の国政選挙となった先の衆院選では、若い世代への支援やジェンダーの問題などのテーマが争点として挙げられ、今までの日本の選挙では考えられないような変化を感じました。発信力のある芸能人も「選挙に行こう」と呼び掛けるなど、投票への機運は盛り上がったと思います。

 一方で、10代の投票率は43%と、そこまで大きな改善は見られませんでした。私たち「NO YOUTH NO JAPAN」の活動も含めて、どこまで効果があったか。広報活動によるアプローチに限界も感じました。

「NO YOUTH NO JAPAN」の代表理事として、問題提起を続ける能條さん(本人提供)

 その背景として、やはり教育の影響が大きいのではないかと思います。特に10代や20代は、過ごしてきた学校教育の影響を受けやすく、どんな学校生活を送ってきたかで、政治への関心や投票行動に差が出てしまうのではないでしょうか。若い世代の投票率を大幅に向上させるためには、教育を変えなければ難しいでしょう。

 本来、選挙で投票をすることに正解などないはずです。しかし、正解のないことに意思表示をする経験が学校教育の中でなければ、正解のない選挙で自分の意思を示すことに多くの人が戸惑うのは当たり前です。身近な大人である学校の先生も、政治に関して自分の意見を言わないから、よりいっそう、子どもたちは政治に関わろうとしなくなるし、投票に行かないことがあたかも正解のようになってしまうのです。

 日本の子どもたちの学びの在り方にも、問題があると思います。子どもたちは学校だけでなく、放課後も学習塾や習い事に通い、「あなたに必要な学びはこれですよ」と、レベル分けされた学習プログラムが1日中与えられています。そんな環境では、自分自身の中で問いを立てたり、すぐに役立つか分からないようなことをじっくり考えたりする機会や時間はありません。それではますます、正解のない問題に関わろうとする意識は育ちません。

 本来、民主主義における政治は、主権者が自分の意見を言うことで世の中を良くしていこうとするパブリックマインドが前提にありますが、日本人は政治に対して、どこか消費者的な感覚がないでしょうか。もしかすると、そうした国民の政治への意識を作り出しているのは、学校教育なのかもしれません。

子どもや若者の意見を政策に反映させる仕組みを

 現在、国はこども家庭庁の創設に向けて具体的な制度を詰めています。こども家庭庁を、子育て世代や子ども、若者のための機関にしていくためのポイントはいくつかあると見ています。

 1つは、教育・保育、医療、貧困対策など、子どもに関わる現場の予算や、子ども1人当たりの予算が十分に増えるのかということ。日本では、子育てはそれぞれの家庭がやるものという意識が強く、これまでは地域がサポートしていた側面があったことを忘れがちでした。これからは、地域のサポートが難しくなっている状況に目を向け、公的な支援をこれまで以上に手厚くしていく必要があります。その中には、保育士の待遇改善や学校の教員の働き方改革も含まれます。

 もう1つは政策決定を行う人たちの問題です。都市部で経済的に余裕のある家庭の子どもは私立学校を選択し、やがて政策決定に関わる人材になる。その傾向が強まっていることを危惧しています。私立学校に通うことを否定するつもりはありませんが、そのような環境で育つと、自分とは異なる状況にある人たちの存在を知る機会がないままに、大人になってしまう可能性があります。経済格差が社会の分断を生み、本当に困っている人への想像力を失わせてしまい、社会の問題をみんなで考えることを難しくしてしまうのです。

 それから、こども家庭庁の政策決定のプロセスの中に、子どもや若者の意見をしっかり反映させる仕組みをつくることが不可欠です。それも、子どもの意見を聞いて終わりという形式的なものではなく、しっかりした子どものサンプルを基にしたアンケートを行うことや、何かのテーマに対して意見を求める際も、関心があって意欲的な子どもや若者だけでなく、ランダムに選んだ中から広く意見を聞くようなことも大切だと思います。そのためにも、こども家庭庁をつくるのと同時に、子どもの権利を明確に定めた法律をつくることは意味があると考えています。

先生も生徒も民主的存在に

 しかし、肝心の学校で子どもの意見を聞いているかと言えばそうではありません。校則や学校のルールを見直そうとする動きも出ていますが、そこでも子どもの意見を聞くことが大事です。それは、決して全てを子どもの言い分通りにするということではありません。大切なのは、子どもが意見を述べる機会が保障され、その結果として出てきた結論が、誰にとっても論理的に理解できる形で調整されていることなのです。

 私が通っていた高校は私立学校で、土曜日も授業がありました。先生も当時は週6日勤務でした。それが卒業後、母校に顔を出したら、先生には平日に研究日が設けられるようになり、実質的に週5日勤務に変わっていました。先生たちが学校と交渉した結果、職場のルールが変わったのです。このように、先生自身がルールを変えていく姿を子どもたちに見せることは、民主的存在としての大人の態度を示すことにもなります。

 先生も生徒もお互いをリスペクトして、自分たちのルールをつくっていける民主的存在になってほしいと思います。

自分の中にある違和感を研ぎ澄まして

 学校は社会との関わりも十分ではないと感じます。そもそも学校の先生が、社会とのつながりをつくる余裕がありません。大学で教職課程を取っていた友人がいましたが、取得しなければいけない単位数が多くて大変そうでした。そんな状態では、学生のころから社会と関わる時間をつくれません。

 しかし、社会とつながることを学校の先生だけでやるのは難しいことも確かで、地域やさまざまな団体などと橋渡しができる役割を担う存在が必要だと思います。

 「NO YOUTH NO JAPAN」でも最近、『YOUTHQUAKE: U30世代がつくる政治と社会の教科書』(よはく舎)という本を出したことがきっかけで、中学校や高校と連携して、講演やワークショップをする機会が増えました。中高生と、彼らにとってほんの少しだけ年上の大学生が、政治について話す場をつくってもらえるのはとてもありがたいです。

正解のない問いを子どもたちと一緒に考えてほしいと語る(本人提供)

 よく若者は、社会への問題意識が希薄だと言われます。でもそれは、その問題の当事者とまだ出会っていないだけなのだと思います。何かに困っている当事者の存在を知ることで、その問題は自分事になります。

 学校が社会に開かれ、子どもたちがいろいろな人たちと対話することで、子どもたちの中で問題意識が言語化されていきます。それが政治に参加する最初の一歩になります。ぜひ学校の先生も、「先生も正解を知らないことがあるんだよ」と、正解のない問題を子どもたちと一緒に向き合ってくれるファシリテーターになってもらえたらうれしいです。

 そして、先生も子どもたちも、自分の中にある違和感を大事にしながら、声を上げるときは上げるようにしてください。モヤモヤした気持ちは自分の意識の中ですら見過ごしがちですが、その感覚を研ぎ澄ますことが、誰もが生きやすい社会をつくることにつながるはずです。

(藤井孝良)

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【プロフィール】

能條桃子(のうじょう・ももこ) 1998年生まれ。慶應義塾大学院経済学研究科修士1年。デンマークへ留学中の2019年に「NO YOUTH NO JAPAN」を創設。日本の若い世代が政治に参加していける社会の実現を目指し、活動を続ける。21年9月からネットニュースメディアのハフポスト日本版U30社外編集委員を務める。

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