『スマホ脳』著者が警鐘 あえて紙の本を選ぶべき場面がある

 「人間の脳はデジタル社会に適応していない」――。スウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセン氏は、2021年のベストセラーとなった『スマホ脳』(久山葉子訳、新潮新書)で、脳の進化という観点から、現代の人間がスマホやSNSに熱中してしまう仕組みを解き明かし、デジタル機器への依存を深める現代社会に警鐘を鳴らした。デジタル化の波は学校や子供たちにも押し寄せており、子供たちが画面を見て過ごす時間は年々増加している。昨年11月、子供たちにも読める新著『最強脳 『スマホ脳』ハンセン先生の特別授業』(久山葉子訳、新潮新書)を出版したハンセン氏に、子供たちがデジタル機器と適切に付き合えるようになるため、大人が知っておくべきことを聞いた。

スマホは人間の集中を巧みに奪う

――内閣府の調査によれば、日本の子供たちがインターネットを使う時間は、直近で平日1日あたり平均およそ205分に及びます。

 スウェーデンでも似たような状況です。なぜこれほど夢中になってしまうのか、こう考えてみてください。人類は長い進化の歴史の中で、常に飢餓で命を落としてきました。そのため、食べ物に集中し、食べられるものは食べておこうという欲求が働きます。

 これは生存を維持するためのメカニズムですが、食べ物が溢れる現代社会では当然、食べ過ぎてしまいます。たくさんのキャンディーを横目に見ながら、食べずにいることは非常に難しい。人間の身体が社会の変化に順応できていないのです。

新著を出版したハンセン氏(Zoomで取材)

 スマホなどのデジタル機器にも同じことが言えます。スマホは人間の集中を巧みに奪うようにできています。勉強する時や眠る時にスマホを持ち込むのは、そこにキャンディーを持ち込むのと同じことで、無視することが極めて難しい。何らかのルールを決めておく必要があります。

 まずは、デジタル機器になぜそれほどの中毒性があるのか、人間の幸福感や集中力にどのような影響を与えるのかを、皆さんにもっと知ってほしいと思います。そうすれば、きっと自分の行動を変えたくなるはずです。

――新著『最強脳』に書かれているアドバイスは非常にシンプルです。脳の機能を高めるためには「運動」がよいと指摘しています。

 「多くの人がストレスを受け、集中できず、デジタルな情報の洪水に溺れそうになっている今、運動はスマートな対抗策だ。最善の方法と言ってもいいかもしれない」――。前著『スマホ脳』でこう書いたところ、体を動かす運動が脳に与える効果について議論が盛り上がり、運動するモチベーションが上がったという人がたくさんいました。

 私は、このことを子供たちにも知ってもらう必要があると考えました。運動がもたらす効果を知ってもらい、「体を動かしたい」と思ってもらえればと、新たに『最強脳』を書きました。集中力が上がり、幸せな気分になるといった脳への効果を知れば、すぐにでも外に走りに行きたくなるはず。これが、新著の狙いです。

 この本を読んだ子供たちは「分かった。運動が脳にいいんだね」と言ってきてくれます。ここでの運動とは、サッカーやテニスなどが上手だ、ということではありません。学校まで歩く、自転車に乗る、エレベーターに乗らないで階段を上るなど、日常のあらゆる体の動きが「運動」です。休み時間にスマホを見ないで、体を動かすこともそうです。

記憶力や集中力を高めるには、毎日2回体を動かす

――コロナ禍で子供たちの運動量は減っています。

 子供たちがあまり体を動かさなくなり、体重が増えて健康状態が悪化するだけでなく、ストレスや不安、うつを引き起こしやすくなっていることを懸念しています。運動が不安やうつを予防することは多くの研究が示しており、とりわけコロナ禍という特殊な状況下では、体を動かすことは大切です。

コロナ禍での運動の重要性を指摘する(Zoomで取材)

 運動は身体の健康だけでなく、メンタルヘルスにも極めて重要です。確かにコロナ禍では、サッカーチームで活動することは難しいかもしれません。ただ先に述べたように、歩いたり走ったり、体を動かすことなら何でもよいのです。外出が制限され、家に広いスペースがなくても、何かしらできることはあるはずです。

 保護者にアドバイスするとすれば、子供を車で学校に送っていくのではなく自分で歩かせたり、外で一緒に遊んだりして、子供の身体活動を促すのがよいでしょう。ただそれ以上に、子供たち自身が運動へのモチベーションを持てるようにすることが大切です。

 大人が「運動をしないと、調子が悪くなるぞ」と言い聞かせるのではなく、運動することで集中力が高まり、気分が安定し、もっとクリエーティブになれるのだということを子供たち自身が学び、「体を動かしたい」と思えるようになってほしいのです。

 今からでも決して遅くはありません。80歳の人でも、活動的なライフスタイルに変えることで、よい効果が出ていることが示されているくらいですから、子供たちであれば、なおさらキャッチアップが可能です。コロナをきっかけに生涯、体を動かさない生活になじんでしまわないような努力をすることが重要です。

――学校ではどのように取り組めばよいでしょうか。

 運動をすることで思考力や集中力が高まり、気が散ることなくタスクに取り組むことができるようになると、多くの研究が示しています。とりわけ集中することが難しい子ほど、効果が大きいことが分かっています。また運動によって成績が上がり、特に数学や言語に関する教科での効果が大きいというエビデンスも多く示されています。

 そのため、学校のカリキュラムに運動を取り入れてみる価値はあるでしょう。徒歩や自転車で登校する以外にも、5分から10分ほど体を動かす活動をしてみる、昼休みにはスマホを回収して外に遊びに行かせる。体を動かせば、脳は新しい情報を受け取るモードに入り、記憶力や集中力が高まります。できれば毎日2回ほど、体を動かす時間があるとよいと思います。

 スウェーデンでは週に2回ほど、体育の時間がありますが、ある学校ではそれに加えて週に3回、25分間、息が上がる程度の運動をする時間を設けていました。体育の時間と合わせて、子供たちは毎日何らかの運動をしていたことになります。

 数カ月後、子供たちにはしっかりとよい効果が現れ始めました。その学校の校長先生たちが言うには、子供たちが以前よりも落ち着き、気分が良くなり、ストレスが軽減されたのだそうです。これを何年か続けたところ、学力への効果も現れました。9年生(中学3年生)の卒業時に、全科目合格して卒業する生徒の数が、取り組み前と比べて倍に増えたとのことです。

深く考えさせたいなら、紙の本を使う

――日本では、小中学校に1人1台の端末が配備され、学習にも使われています。

 気を付けなければならないのは、タブレットは紙の本と全く同じではないということです。紙の本で読んだ方が内容をよく覚えているという研究結果はたくさんあります。スクリーン上で読むより、細部までよく覚えていて、深く理解しているのです。

 なぜそうなるのかはよく分かっていませんが、紙で読むときはより深く考え、集中しているのに対し、スクリーン上では流し読みになっていて、気が散っている状態になっている可能性が考えられます。あるいは紙の本では、「ページの最初の方を読んでいる」といった物質的な情報を一緒に得やすいためかもしれません。脳の中で空間記憶と長期記憶は密接に関わっており、物質的な情報があると、内容をよく覚えられるという可能性もあります。

 簡単なテキストを読むだけなら、紙とデジタルに優劣はありません。ただ、高度な思考を必要とする難しいテキストを読む場合は、明らかに紙の方が優れています。人間はまだスクリーン上のコンテンツに適応しておらず、集中力を削がれてしまうようです。

 教室ではぜひ、このことを意識してほしいのです。もし難しい内容を身に付けたいのなら、紙の本を使うか、少なくとも紙に印刷して取り組むのがよいでしょう。多くの情報をざっと読んだり、表面的な内容を読んだりする場合は、スクリーンでも問題ないでしょう。

 英国では、教室にデジタル機器を持ち込まないようにした学校で、平均的に学力が向上しました。ただ、もともと優秀な生徒には、特に変化はありませんでした。大きな改善が見られたのは、問題を抱えていた生徒の方。集中して課題に取り組むことが難しい場合には、紙を使うことが特に重要になるようです。

――日本の教員にアドバイスを。

子供たちに運動の効果とデジタル機器の影響を伝えてほしいと語る(Zoomで取材)

 運動がウェルビーイングの向上やストレスへの耐性に良い効果をもたらすこと、逆にデジタル機器を使い過ぎると悪い影響があるということを、子供たちにぜひ伝えてほしいと思います。ただ、子供たちにはピンとこないかもしれません。だからこそ、デジタル機器を使うときのルールを決めることが絶対に必要です。

 私用のスマホを教室に持ち込まない方が良いことは明らかですし、睡眠に問題があるなら、寝室にも持ち込まない方が良いです。夕食の食卓に置いてしまうと、会話に集中できなくなります。スマホを手放すのが非常に難しいことは理解できますが、私たちはこうしたルールに慣れていかなければならないと思います。

(秦さわみ)

【プロフィール】
アンデシュ・ハンセン(Anders Hansen) 1974年生まれ。スウェーデン・ストックホルム出身。『スマホ脳』『一流の頭脳』が世界的ベストセラーとなり、スウェーデンで国民的人気を得た精神科医。名門カロリンスカ医科大学で医学を学び、ストックホルム商科大学でMBA(経営学修士)を取得。

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