【共に学ぶ】居心地のいい学び場 発達障害の理解と支援

 1クラスに2~3人程度はいると言われている発達障害。社会的な認知も進み、学校現場などでの支援も進みつつあるが、課題も多い。一人一人感じ方が違うとされる発達障害のある子どもたちが抱える困り感を、私たちはどう理解すればいいのだろうか。「共に学ぶ」の第2回では、こうした発達障害を巡る課題を軸に、誰もが居心地のいい学び場の環境をどうつくるかを考える。

このシリーズの一覧

発達障害がある人のいろいろなストーリーを知ってほしい

 都内の私立大学に通う究万(くま)さんは、大学2年生のころに突然、大学に行けなくなり、うつ症状や、まるで自分が自分でないような感覚に襲われた。病院で検査を受けると、発達障害だと診断された。

発達障害と向き合っていこうと決めた究万さん(本人提供)

 実は究万さんには心当たりがあった。通っていた高校は進学校だったが、数学は中学校の基礎レベルから分からない。自分が興味のないことは身を入れて取り組まないので、提出物もおろそかになり、成績はずっと最下位だった。それが原因でいじめにも遭った。自身の精神状態が何かおかしい。そう思ってインターネットで調べると、「発達障害」という言葉を見つけた。

 「もしかして自分は発達障害なのではないか?」

 そう疑念を抱きつつも、専門の病院が近くにあるわけでもなく、何もなすすべがなかった。そして、この傾向は大学に入ってからも続いたという。

 「0-100思考の完璧主義。授業は絶対に全て出席しなければ気が済まない。もし1回でも休んだら単位は諦める。レポートも完璧でなければ提出しない方がましだと考えてしまう。結果的に、たくさん単位を落として、周囲からあきれられたこともある」

 それらの行動が発達障害に起因するものだと分かってからも、究万さんの抱えている問題がすぐに解決したわけではなかった。発達障害がある学生に対し、大学で合理的配慮が行われていることを知ったのも、ほんの1年前のことだ。大学のホームページを調べても何も載っていない。合理的配慮の存在を知ったのは、自身で発達障害について調べていた矢先のことだった。

 「(合理的配慮が)あるんなら最初から言ってよって思った。でも大学から『(配慮をしなくて)大丈夫ですか?』と聞かれたとしても、つい『大丈夫です』と答えてしまって、それで終わりになっていたかもしれない」

 大学では今、少しずつ発達障害のある学生への支援が進んでいるが、究万さんは「惜しい」と感じている。例えば、パニックになったときに落ち着けるようにするためのスペースが大学内に設けられたが、そのことを当事者である究万さんは事前に知らされていなかった。いざ使おうとすると、明らかにクールダウンが必要ではなさそうな学生が、ただくつろいでいるところに出くわすということも珍しくない。

 現在、究万さんは合理的配慮として、ノイズキャンセラー付きのヘッドホンや偏光グラスを付けて授業を受けることをはじめ、疲れを感じたら途中で休憩を取る許可を得ている。しかしながら、合理的配慮の具体的な内容やそのさじ加減は、授業を受け持つ教員次第だ。究万さんは「あなたはそんなふうには見えないとか、もっと大変な人もいるとか、教員によっては全然理解を示してくれない」と嘆く。

 コロナ禍でのオンライン授業は、究万さんにとって良かった面もあった。「リアルタイムのオンライン授業は無理だけど、資料を読んでレポートを書くことは得意だし、オンデマンドだと1.2倍速くらいにして、集中が途切れる前に見終えたり、何か別のことをしながら聞いたりすることもできる」と話す。通学が不要になり、混雑する電車の中で体調を崩すこともなくなった。「オンライン授業だからこそ取れた単位もある」と究万さんはいう。

 発達障害であることが分かってから、究万さんは新しい仕事を始めた。ノイズキャンセラー付きのヘッドホンなど、発達障害のある人が利用している商品の使用感を紹介するブログ記事を書いたり、発達障害当事者同士でお互いのことを話し合う場をつくったりしている。自分だからこそできる活動を、今も模索しているところだ。

 究万さんに、子どものうちに発達障害があると分かっていた方がよかったかと尋ねたら、次のような答えが返ってきた。

 「もし子どものうちから分かっていれば、いろいろな合理的配慮を見つけられていたかもしれない。でも、『発達障害』という言葉が独り歩きしてしまうことも問題だと思う。発達障害があると言っても、人によってさまざまな違いがある。そんな、いろいろな人のストーリーを、周りの人もできるだけ知ってほしい」

現場で誤解されている合理的配慮

 発達障害について心理学的な側面から効果的な支援法を研究している菊池哲平・熊本大学准教授は、「合理的配慮」について学校現場では誤解が広がっていると指摘する。「合理的配慮」は障害者権利条約などで定められた「reasonable accommodation(リーゾナブル・アコモデーション)」の訳だが、アコモデーションの捉え方が重要であるという。

菊池准教授らが調査した、障害のある学生からの相談窓口の設置状況(「発達障害学生のオンライン授業におけるニーズや困り感に関する調査」より)

 「本来アコモデーションは、モディフィケーション(modification)と対になる考え方であり、モディフィケーションが教育内容の修正や変更を行うのに対して、アコモデーションでは教育内容は改変しないことが原則になっている。例えば、障害があるために授業に出られないという場合に、安易にレポートや別の活動で代替するのは、本来の合理的配慮ではない」と菊池准教授。「まずはその人が授業にどうやったら参加できるかを考える必要がある」と強調する。

 究万さんのような発達障害のある大学生の調査も行っている菊池准教授によると、うつ症状や精神障害を抱えていても、大学側にそのことを伝えていない学生は決して少なくないという。大学側はこうした学生の把握を積極的に行うことと同時に、そうした学生の存在を前提に、授業や学生生活をデザインしていくことが必要になる。しかし、合理的配慮を理解し、教員や組織に改善を求められる専門的な職員を置いている大学はまだ数が限られているのが現状だ。

 菊池准教授は「発達障害のある学生で、コロナ禍でオンライン授業になったら調子がよくなったという人もいれば、別の課題を抱えるようになった人もいる。授業の形態やルールが変わると、困り感の質も変わり、障害がある人も変わってくる」と話す。

応用行動分析で学校を変える

 授業中で人もまばらな職員室に、生徒が野菜を売りにやってきた。緊張しながらも、生徒らはあいさつや野菜の説明、お釣りの受け渡しなどを通じて、人とのコミュニケーションを学んでいく。

 これは埼玉県戸田市立戸田中学校の特別支援学級の授業。そこには、教員に混じって生徒一人一人の様子をつぶさに観察する特別支援教育アドバイザー、宇都綾子さんの姿があった。発達障害のある人の学習や就労を支援するLITALICO(リタリコ)の職員である宇都さんは、3年前から特別支援教育アドバイザーとして、毎週木曜日に同校を訪れる。そんなことから、特別支援学級の生徒からは「木曜先生」と呼ばれているそうだ。

 また、宇都さんは特別支援教育アドバイザーと合わせて、市内の小中学校で保育所等訪問支援相談員として個別に子どもと保護者のサポートも行うなど、発達障害のある子どもと保護者、両者と関わる教師に、専門的な立場から助言をしている。

生徒の様子を観察しながら声を掛ける宇都さん

 リタリコでは応用行動分析に基づき、発達障害のある子どもたちの行動を客観的に観察。その前後にみられる行動のきっかけや行動後の結果の意味を考え、適切な対処を考える。

 例えば、教室を飛び出してしまう生徒がいて、これまでは教師が追い掛けて教室に戻そうとしていたとする。この行動は、周囲の注意を引きたいか、何か嫌なことから回避したいことだと捉え、教師は追い掛けないようにしたり、落ち着きを取り戻して教室に帰ってきたときは褒めたりするなど、対応を変える。そうすると、教室から飛び出す行動は少しずつ減っていくようになるという。

 「生徒の行動がいい方向に変化したら、褒めてモチベーションを上げるなど、ポジティブな方向に強化していくことがポイント」と宇都さんは強調する。宇都さんは特別支援教育アドバイザーとして、生徒がストレスをためずに安心して過ごせる教室環境や、さまざまな教材などを提案はするが、あくまでそれを取り入れるかどうかは、それぞれの教師の判断に任せているという。

 「キーパーソンになる先生が試しにやってみて、実際に効果が出れば、自然と周りの先生もやるようになる。そのいい変化を校長先生が褒めれば、先生のモチベーションも上がり、学校の雰囲気もよくなる。戸田中では、次第に通常学級でも応用行動分析の考えが広がり、特別支援学級と通常学級の連携も活発になった。先生がちょっと意識するだけで、学校全体が子どもたちにとって過ごしやすくなる」と、宇都さんは応用行動分析が学校全体に与えている変化に手応えを感じている。

発達障害のある子どもの視点で見直して

 発達障害の特別支援教育が専門の柘植雅義筑波大学教授は、発達障害のある子どもが安心して過ごせる教室環境づくりを「学級雰囲気」という言葉で説明する。「教師の授業がうまいか下手かではなく、あらゆる子どもがクラスにいられるようにする工夫だ。この指導ノウハウを研修などで全国の教師が共有していく必要がある」と柘植教授は提言する。

 しかし、学級担任制の小学校と違い、教科担任制である中学校や高校で、こうした指導ノウハウを共有するのは難しさもある。中高では異なる教科の授業を見る機会が少なく、発達障害のある子どもへの意識も教師によって差があるのが現状だ。

 柘植教授は「発達障害のある子どもの視点に立って、授業を見直す機会を定期的に設けてほしい。そうした研修をいろいろな教科の教師が行えば、教えるスキルも上がる」と提案し、「学習と学校生活が発達障害のある子どももできているかを丁寧にやっていくことが、全ての子どもにとってもいい方向につながる。学校を楽しくて行きたい場所にするのが、学級雰囲気の大前提。それが崩れると不登校にもつながってしまいかねない」と強調する。

(藤井孝良)

このシリーズの一覧

本企画「共に学ぶ」では毎回さまざまな角度から、学びから取り残されてしまっているかもしれない当事者の視点に立って見える学校の風景を描写するとともに、考える材料を提供していきます。
また、「共に学ぶ」未来について、皆さまと一緒に考える場をつくっていきます。本紙電子版の特設ページで、ご意見・ご感想を募集しています。

あなたへのお薦め

 
特集