西郷前校長×オオタ監督 映画『夢みる小学校』と未来の学校を語る

 「先生」がいない、テストがない、宿題がない――。現在、全国に5校ある「きのくに子どもの村学園」の「南アルプス子どもの村小学校」(山梨県)を舞台としたドキュメンタリー映画『夢みる小学校』が2月4日より全国で順次公開される。「プロジェクト」と呼ばれる体験学習が時間割の半分を占める同学園の授業風景や子どもたちの生き生きとした姿からは、画一的な日本の公教育の在り方を考えさせられる。撮影、編集も担当したオオタ・ヴィン監督と、本編にも登場する東京都世田谷区立桜丘中学校前校長の西郷孝彦氏が、映画について、これからの学校や教師の在り方について語り合った。

あんなに幸せそうな子どもがいる学校は見たことがない

――『夢みる小学校』を制作した経緯について教えてください。

西郷氏(左)とオオタ監督(まほろばスタジオ提供)

 オオタ 私は以前の食育をテーマとした映画『いただきます』で保育園を取材してきました。そこで「保育園では生き生きしていた子どもでも、小学校に上がると学校になじめない子が多い」という話も聞いていたので、そうした課題を次の映画に生かしたいと考えていました。

 私は小学校時代、落ち着きのないタイプで、図工と国語にしか興味がなく、成績にも凹凸がある、いわゆる劣等生だったんです。子どもながらに「先生はどうして得意なことや好きなことを伸ばしてくれないのかなあ」と思っていたんですよね。

 また、今の先生たちはアクティブ・ラーニングのような授業を求められているけれども、実際に自分たちは探究学習や体験学習を受けたことがない人がほとんどです。この映画を通して、体験学習そのものを見て、体感してほしいと思っています。この映画を見た公立小学校の先生は、「まるでバーチャル学校見学のようだ」と言っていました。

――西郷さんが印象に残ったシーンはどんなところでしょうか。

 西郷 一番印象に残ったのは、子どもたちの楽しそうな笑顔がたくさん出てきたことです。あんなに幸せそうな子どもがいる学校は見たことがないですね。

 映画の舞台となっている「きのくに子どもの村学園」では、いわゆる「先生」は「大人」という立場なのですが、その「大人」たちもそれぞれ個性があって、自分の仕事に対して満足しているのだろうと感じました。

 1月の新学期が始まった日にツイッターを見ていると、「新学期が始まってしまった……」「あと3カ月どうしよう」というような先生の投稿が多く見られました。そういう世界とこの映画の世界が「どうしてこんなにも違うんだろう」と、考え込んでしまいました。

 また、映画の中で学園長の堀真一郎さんが、本当に子どもが好きだということが伝わってきました。その姿を見て、改めて教育者には「子どもが好きなこと」が大事だと痛感したのです。子どもが好きで、だから自分で学校をつくって、あんなに楽しそうにしている。目の前にそういう大人がいて、それを子どもたちは見ているわけです。自分のやりたいことを体現している人が目の前にいる、こんなに良い循環はなかなかありません。

「環境を変える」のが学校や教師の役割

――この学園では、「プロジェクト」と呼ばれる体験学習が時間割の半分を占めています。

 オオタ これは私立だからできると言われますが、現状の学習指導要領の中で、公立学校でも実現可能なことです。実際に長野県の伊那市立伊那小学校は総合学習が主です。とにかく公立学校の先生にはもっと授業の自由裁量を与えてほしいと思います。

 西郷 私が校長を務めていた世田谷区立桜丘中学校では体験学習やプロジェクト学習はやっていませんでしたが、学校教育方針の一つに「好きなことを見つけて、それを伸ばす」ということを掲げていました。だから子どもたちが好きなことを見つけそうになると、先生たちはあの手この手で助けるわけです。

 例えば、やりたいことがあるけれどもお金がなければ、学校の予算でなんとかできないか考えてみたり、場所がなければ学校の中に作ったり、教えてくれる人がいなければ地域の人の中から見つけてきたり。とにかく、好きなことが見つかりそうな子を応援するんです。体験学習をやっているわけじゃないけれども、そういうところはこの学園と似ているなと、思いましたね。

 オオタ 日本の教育で一番問題なのは、多様性がないこと、選べないことです。多様性がないから、たった一つの公教育のやり方に落ちこぼれると、いきなり「不登校」と言われてしまう。おかしいと思いませんか。

 子どもによっては、きちんと椅子に座って先生の話を聞く学校が合う子もいるし、体験学習が合う子もいるし、ホームスクーリングが合う子もいるでしょう。教育自体、いろいろなやり方があるはずです。オランダや北欧などの教育先進国と比べ、「公教育の多様性」が日本には極端に少ないのです。

 この多様性のなさを、議論してほしいのです。「この学校が良い、正しい」という映画ではなく、「こういう学校もあっていいんじゃない? 公立学校でも取り入れませんか」という提案の映画なのです。

――これからの学校や教師の在り方については、どうでしょうか。

 西郷 まず、「指導」「教える」という時代は終わっています。教員の在り方は「援助」や「伴走」という時代に変わってきています。

 もう一つ、「子どもを変える」というのも違和感を覚えます。子どもを変える必要はないのです。そうではなく、「環境を変える」のです。子どもが伸びるような環境、伸び伸びと過ごせるような環境をつくるのが学校や先生の役目です。

 オオタ 同じサイズの靴を履かされ、一斉に同じ方向に向かって走れと言われ、順位を付けられる。それがこれまでの学校だったと思うのです。その靴がぴったり足に合う子は速く走れるけれども、足に合わなくて走れない子もいる。でも、その子に合う靴を履かせてあげればいいだけのことです。

 子どもたちを均等に同じスピードで学習させていく方法では、凸凹があり、特異な能力を持つ子どもたちの潜在的な才能をつぶしてしまっていた面もあると思います。

子どもたちにとって学校は「言いたいことを言っていい」環境か

――この学園ではテストもなく、いわゆる数字での評価もありません。評価の在り方についても考えさせられました。

 西郷 私は大学の時に評価について研究したことがあるのですが、結論は「公正な評価なんてない」ということでした。評価というのは「測り方」によって全く変わってしまうのです。

 ただ、東京の中学校には「内申書」があり、現状ではどうしても数字をつけなければいけない。私は内申書を早くやめた方がいいと思っています。先生たちも「これは内申に響くぞ」などと言えなくなりますから、子どもたちと先生の関係も良くなるでしょう。

 オオタ 子どもたちが素のままに、いいところも悪いところも見せられて、その上でいいところを伸ばしてくれる。本来、学校はそういう場のはずです。

 この映画にも登場していただいた伊那小学校の福田弘彦校長が、「子どもの悪いところ、不得意なところ、伸びていないところを伝えても、保護者にも子どもにもメリットはありません。だから伊那小では通知表がないのです。その子がどういうことで成長したのか、どういうことに目を輝かせていたのかを、通知表ではなく、保護者との懇談会で共有します」とおっしゃっていたのがとても印象的でした。

 西郷 日本人は「個」がないのです。「自分」というものがなくて、「他人にどう見られているか」が基準になっています。だから日本人は社会にコミットしないのだと思います。

 そして、それをつくっているのは今の教育です。小さいころから通知表などで他人に評価されてきて、それが自分だとみんな思ってきたのです。いつも人からどう見られているか気にしているのですから、これは非常につらいことです。

 オオタ この学園の子たちは、いい意味で「空気を読まない」んです。それは、子どもたちにとって学校が思ったことを言っていい環境だからです。海外では、授業中の質問がとても多いと聞いています。そういう意味では非常にグローバルなのではないでしょうか。

 「空気を読まない」というのは、自分勝手なのではありません。子どもたちは自分の意見を主張しながら体験学習を通じて共同作業を進めていきます。ここで「競争」ではなく、「協調」を学び、「当事者意識」が醸成されていく。だから、将来的にも集団をまとめていくリーダーシップをとれるような子が多いそうです。

――映画の中では、さまざまなことにおいて子どもたちが自ら企画を立て、決定し、自ら動いていく姿が見られました。

 西郷 私が特にびっくりしたのは、6年生の子が修学旅行に行くので、その行先に電話をかけて交渉しているシーンです。今、メールはできるけれども、電話して交渉することはできない大学生が多いそうです。そういう能力、交渉力、動じない力というのはすごいし、必要だろうと思います。

 オオタ 子どもたちがとても「大人」なんですね。映画を見た私の友人が「ああいう社員がほしい」と言っていました。自分で企画して、自分で電話して交渉して、プロジェクトを完成させる。電話ができない新入社員が多いから、こうしたことを新人研修で教えなくてはいけないそうです。

 認知能力を鍛えるだけでは、AI時代を生き抜くことはできません。むしろ、自分で考える力、生きる力といった非認知能力の方が大事で、それはペーパーテストでは鍛えられないことだと思います。

「楽しい学校」にしなければいけない

――映画の中でこの学園の校長が「学校は楽しいだけでいい」と言っていたことも印象に残りました。

 オオタ 映画にもご登場いただいている脳科学者の茂木健一郎さんがおっしゃっていたのですが、人はうれしいことや楽しいことがあると、脳の中でドーパミンが分泌されます。楽しいと、またそれをやろうとする。その体験を繰り返すとドーパミンが出やすい回路ができるんだそうです。これが子どもの脳のシナプスを成長させていくのです。

 つまり、「学校は楽しいだけでいい」という発言には、脳科学的なエビデンスがあるのです。それに「学校は楽しいだけでいい」と思えば、先生だって楽しいはずですよね。

2月4日から順次、劇場公開される(まほろばスタジオ提供)

 西郷 私も桜丘中で「楽しい学校」にしようと、さまざまなことに取り組んできました。そうすると若い先生方から、やたら結婚式の招待状が届くようになりました。つまり、プライベートを充実させられるような精神的な余裕や時間ができ、先生たちがより自分の人生を楽しめるようになったのだと思います。

 今の学校の先生は本当に忙しいです。でも、「多忙」と「多忙感」は違います。例えば堀学園長は毎日、全国を飛び回っていて、すごく多忙だと思うけれども、きっと本人はそう思っていないと思いますよ。

 学校が楽しくて好きであれば、先生は確かに忙しいけれども、精神的な負担は減ると思います。だから、やっぱり「楽しい学校」にしなければいけないと思いますね。

――最後に、読者へメッセージをお願いします。

 西郷 子どもも楽しくない、先生も楽しくない。一言でいえば、今、多くの学校はそういう学校になってしまっています。そうではなく、子どもの幸せを第一に考えられる学校にしなければいけません。そういう学校が足りないし、増やしたいと感じます。

 先日、世田谷区のある保育園に通わせている保護者から「小学校をつくりたい」と相談されました。他の地域の保護者からも同様のことを相談されたことがあります。つまり、今、公立の学校を諦めている保護者がたくさんいるのではないかと感じるのです。

 多くの先生方にこの映画を見ていただき、これからの教育を語り合ってほしいと思います。そして、「うちの学校きてください」「素晴らしい学校ですよ」と言えるような学校をつくっていってほしいと思っています。

 オオタ この映画は文科省選定映画に選んでいただきました。そういうと真面目な映画なのかと思われそうですが、とにかく笑いや涙に溢れた映画です。純粋に子どもたちのかわいさに笑ったり、成長に涙したり、気楽に見てほしいと思います。そして、自分が先生になった原点を思い出していただけるとうれしいです。

 1月28日に『夢みる小学校』を題材に行われた経産省「未来の教室」キャラバンの配信プログラムは、3日間で1万アクセスを超えました。この配信はアーカイブでも見ることができます。この映画を見た公立校の先生が校長先生にも見てもらったところ、「この映画を全教師に見せたい」と言われたそうです。

 劇場公開が終わると、自由に上映会を開催できる「自主上映」が始まります。たくさんの学校で、先生、保護者、子どもたちが一緒に映画を見て、「ミライの学校のヒント」を見つけてほしいと願っています。

(松井聡美)
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『夢みる小学校』上映情報
2月4日(金)より東京・シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺、2月18日(金)より名古屋・名演小劇場、3月4日(金)より大阪・シネマート心斎橋で公開。そのほか、劇場情報については映画ホームページより。

【プロフィール】
オオタ・ヴィン
「まほろばスタジオ」主宰。プロデューサー、監督、撮影、編集、デザインなど、映画製作のすべてを一人で兼任。『いただきます1 みそをつくるこどもたち』『いただきます2 ここは、発酵の楽園』を監督・プロデュース。『夢みる小学校』が3作目となる。

西郷孝彦(さいごう・たかひこ)
東京都大田区や品川区、世田谷区で数学と理科の教員、教頭を歴任。2010年より世田谷区立桜丘中学校長に就任。生徒の発達特性に応じたインクルーシブ教育を取り入れ、校則や定期テスト等の廃止など、個性を伸ばす教育を推進した。20年3月に退職。著書に『校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール』(小学館)など。

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