【共に学ぶ】探さないで、寄り添う LGBTQの声なき声

 性自認や性的指向について悩みを抱える児童生徒の声はなかなか表面化しづらく、具体的な支援に悩む現場の声を漏れ聞く。「共に学ぶ」の第5回ではLGBTQをテーマに、当事者である教員や国内の女子大学で初めてトランスジェンダー女性を受け入れ始めたお茶の水女子大学を取材し、性自認にとらわれず、誰もがありのままでいられるための教育の姿を考える。トランスジェンダー当事者である公立中学校の教諭は「探さない、決め付けない、本人の“こうしたい”に寄り添う」と、児童生徒との向き合い方のポイントを明かす――。

「大人になるのが怖かった」

 「先生が男でも女でも、明日からの授業が変わるわけじゃないよ」――。愛知県の公立中学校で教壇に立つ、浦田幸奈(ゆきな)教諭。5年前、自身がトランスジェンダー女性であることをカミングアウトしたとき、教え子から掛けられたこの言葉が忘れられない。

 「当時は、担任していた中学1年生のクラスの進級が迫った3月。彼らと1年間過ごして、『この子たちには言えるかもしれない』『この子たちにうそをついたまま、担任を終わりたくない』という思いが沸き上がった」と振り返る。同時に「もしカミングアウトしたことがきっかけで、担任をもつことが最後になっても後悔はない」、そんな思いも駆け巡ったという。

はかま姿で卒業生を送り出す浦田教諭(本人提供)

 浦田教諭は現在、戸籍上の名を「幸奈」に変更し、女性の姿で教壇に立つ。昨年度は中学3年生を担任し、念願だった女性用のはかま姿で教え子の巣立ちを見送ることができた。しかし教師になって18年あまりは、一部の同僚に打ち明けるにとどまり、「男性」として振る舞ってきた。脱毛した腕や日焼けを避けるため夏の日も長袖、ホルモン治療で大きくなった胸の膨らみを隠すために、毎日、サイズの大きなジャージを着ていた。同僚や生徒から「先生、暑くないの?」と尋ねられても、「肌が弱いから」とごまかし続けた。

 そんな浦田教諭が生徒や同僚、保護者らにカミングアウトしようと決意したきっかけの一つは、目の前の生徒の存在だった。

 「私自身も子ども時代から周りとの違いにずっと悩んで、大人になるのが怖かった。『社会人としてやっていけるのか』『打ち明けたら、就職もできないのではないか』という不安が、常に頭から離れなかった。このままでは、これから生きていく子どもたちも、自分と同じような悩みに苦しみ続けると気付いた。それは教育者として、耐えがたかった。教え子たちに私が自分らしく生きる姿を見てもらい、こんな大人もいること、教師として社会で生きているということを知ってもらいたい。今、苦しんでいる子どもたちが少しでも安心して、大人になれればいい」と胸の内を明かす。

 忘れられないエピソードもある。一部の生徒たちにカミングアウトしていた当初、彼らの授業のときだけ、空き教室でジャージから女性の装いに着替えて教壇に立っていた時期がある。

 ある日の授業中、まだ打ち明けていない教師が教室を訪れることがあった。すると生徒たちが「先生、教壇の下に入って!」と機転を利かし、何人かで教壇を囲みあたかも雑談をしているかのように振る舞ってくれたのだ。「まだ打ち明けていない人から守ってくれた。私が何を望んでいて何を望んでいないのかを理解してくれて、『やってあげる』ではなく自然と行動に移せるところが、彼らのいいところだった」と振り返る。

押し付けではなく、本人の意思に寄り添う

 女性として教壇に立つようになってから、性自認について思い悩む生徒からの相談が寄せられることもあった。

 「バイセクシャルかもしれません。どうすればいいですか」と、ある教え子から打ち明けられた。浦田教諭は、こう答えた。「あなたは何もしなくていいんだよ。そのままでいい。そういう人がいて当たり前という世の中がくるように、私たちの世代が頑張るからね」。

 性自認や性的指向についての悩みは、表面化しづらい。幼少期の浦田教諭のように「存在を否定されるのではないか」「からかわれるのではないか」と誰にも打ち明けられず、人知れず思い悩む子どもも少なくない。声にならないSOSを拾い上げ、「信頼できる大人」として彼らに寄り添うために教師は何ができるだろうか。

 浦田教諭は「探さない」「決め付けない」「本人の“こうしたい”に寄り添う」――と3つのポイントを挙げる。特に、「LGBTQだから」といったステレオタイプを押し付ける支援ではなく、本人の意思に寄り添う姿勢が大切だという。

 例えば、プール授業の更衣室。「『更衣室で着替えたくない』といった生徒に、『では、保健室で着替えなさい』と代案を出して満足してしまう先生が多いかもしれない。しかしもしかすると、プールから離れた保健室で着替えて、1人だけ水着姿で校内を移動し、プールまで向かうことはストレスになるかもしれない。クラスメートから『なんであの子だけ?』と後ろ指をさされるかもしれない。まず本人にどうしたいかを尋ねて、その上で一緒に考える姿勢を持ってほしい」と説明する。

 3年前に異動した新たな中学校では、赴任当時の生徒や教員らにはトランスジェンダーであることを話したが、それ以降の新入生たちにはあえて伝えていないという。

 「性別について聞いてくる生徒がいたら、『どうして知りたいの?』と聞き返す。血液型だって言いたくない人は言わないし、知らなくてもコミュニケーションに何ら影響はない。性別も、そんな感覚で捉えてみてほしい」

 こういった日常的な関わり方で、生徒の価値観をアップデートしようと試みている浦田教諭。性別や性自認にとらわれず自分らしく生きられる社会や学校の実現について、「教え子が語り部になってくれるはず」と期待を寄せる。

 「彼らがいつか、『うちの担任、トランスジェンダーだった』とどこかで語ることがあるかもしれない。そのときは『元男性だった』という情報ではなく、『こんな授業をする先生だった』『こんな性格の先生だった』と私の人間性や中身を振り返って、誰かに伝えてくれると思う。そうやって『いろいろな人がいて当たり前だよ』と、家族や友人、将来の同僚や部下に伝えていってくれるはず。1人の教育者として、多様性の尊重について語る人が増えていく社会をつくっていきたい」

「かもしれない子ども」が過ごしやすい環境を

 大学では一足先に、性自認に左右されない学びの環境づくりの素地が整いつつある。

 2018年7月、お茶の水女子大学は国内の女子大学で初めて、トランスジェンダー女性の入学を認める方針を表明した。20年度から受け入れを開始しているが、トランスジェンダー学生の有無などについては公表していない。

 同学では受け入れに先立ち、19年4月にガイドラインを策定。当事者学生に対する学校生活の配慮やプライバシー管理について細かく明文化したほか、当事者以外の学生や教職員に対する支援体制の充実まで盛り込んだ。

 例えば、名前。学生証や成績証明書、卒業証明書などは、本人の申し出によって戸籍名ではなく通称名を使用できる。日常生活で不可欠なトイレの利用については、女子トイレの使用も含め、当事者それぞれと相談した上で個別に対応するとした。

 また、カウンセリングを専門とする相談員や、守秘義務のある教員が対応する専用の相談窓口も設置。当事者はもちろん、その他の学生や教職員も利用できるようにしている。

 ガイドラインの中で特にスペースを割いて丁寧に説明しているのが、本人からのカミングアウトと他人に暴露されてしまうアウティングについてだ。カミングアウトに関しては「カミングアウトをするかどうか、どの範囲の人に知らせるか、などは本人の意思に委ねる」「授業や学校生活の上で、対応や措置を必要としている場合は、本人の希望や承諾に基づき、関係する教職員に伝える。情報を受けた教職員はこのことを口外せず、他に情報が漏れないよう十分に注意する」などを徹底することにした。

 さらに、学生間で個人的にカミングアウトがあった場合を想定し、「個人に対して行われたものであり、本人の同意なくして、他人に話してはいけない」とする一方で、カミングアウトを受けた学生に対して必要な場合は、相談窓口や学生相談室の利用を呼び掛けている。

 当事者だけでなく、それ以外の学生や教職員へのケアについても言及した狙いについて、ジェンダーやセクシュアリティを専門にし、ガイドラインの策定にも関わった同学の石丸径一郎准教授は、「日本は世界的に見てもジェンダーギャップ指数が低いなど、ジェンダーの問題やLGBTQについて理解をし始めたばかりの段階。特にカミングアウトやアウティングの問題は、留意しなければならない。当事者はもちろんカミングアウトを受けた側、両方の立場をサポートすることが大切だ」と説明する。

オンラインで取材に応じるお茶の水女子大学の石丸准教授

 同学では受け入れの方針を示してから、学生や教職員に向けての研修や授業、説明会などを充実させ、学校全体の理解促進を図った。

 特に学生や教職員の刺激になったのは、トランスジェンダー当事者を交えたイベントだったという。当事者を招き学生とパネルディスカッションをしたほか、教職員に向けても当事者である大学生と交流する機会を設けた。

 「特に教職員は、トランスジェンダー女性に会ったことがない方が多く、漠然とした不安を抱いている方がいた。当事者を招き日常生活や思いを語ってもらうことで、『自分がこれまで接してきた学生と何ら変わらない』と、不安が解消されていたように思う」と振り返る。

 一方で学生は、教職員以上に受け入れる心の準備が整っていたという。「トランスジェンダーの受け入れを公表したときも、『早く一緒に学びたい』『中高生時代に当事者かもしれないクラスメイトがいたので、何ら気にならない』などの肯定的な意見が目立った。授業をしていても、そもそも性別を2つとは捉えていない学生が多いと感じる」と、若い世代の柔軟な考えや姿勢を実感したと明かす。

 こうした一部の大学の動きに比べると、小中高の現場ではいまだに男女の区別を前提にした校則や取り組みが残っているのが現状だ。

 臨床心理士として小中高生のカウンセリングにもあたる石丸准教授は「小中高時代は、性自認や性的指向が揺れ動きやすい時期。子どもたちはさまざまな服装やしゃべり方、振る舞いを試しながら試行錯誤して、自分を見つけていく。ただ従来の日本の学校は、男女で区別することが前提で、その試行錯誤がしづらい状態にある。近年は選択制の制服や混合名簿の導入、性別による色分けの廃止など、少しずつその区別を外そうとする動きもある。これがもっと進めば、いじめの防止やLGBTQかもしれない子どもが過ごしやすい環境を実現できるのではないか」と指摘する。

「扉は開いている」と合図を出す方法

 小中高でも、LGBTQへの理解は少しずつ浸透しつつあるように見える。同時に現場の教員に聞くと、どのように授業を展開すればよいのか、児童生徒に何を伝えるべきなのか、頭を悩ませている実情も伺える。

 宝塚大学看護学部の日高庸晴教授が19年度に発表した、小中高などの教員2万1634人を対象にした調査によると、「同性愛について教える必要がある」と回答したのは74.7%、「性別違和や性同一性障害について教える必要がある」と回答したのは85.7%と、どちらも過半数を大きく上回った。

 一方で、実際に授業で取り上げた教員は、同性愛で14.1%、性同一性障害で15.0%と大幅に減少した。その背景には「教える必要性を感じる機会がなかった」(同性愛32.4%、性同一性障害31.8%)、「教えたいと思うが教えにくい」(同性愛31.5%、性同一性障害32.3%)と、重要性は認識しつつも、教員自身もどこか自分事にしきれない、どこまで踏み込むべきか迷いを感じている姿が垣間見えた。

「同性愛」「性同一性障害」について授業で扱った経験があるかの回答結果

 そんな現状を打破し、当事者かもしれない児童生徒たちの声なき声を拾い上げるためには、何が必要なのだろうか。

 実は前述のアンケート調査では、「授業で取り上げたことがある」と回答した教員の大半が「5~10分程度の時間で話題にした」とも回答している。

 調査を実施した日高教授は「簡単な話題でも短い時間でも大丈夫。授業で少しだけでも、セクシュアリティの多様性が話題になることや、肯定的なメッセージが発せられることは、当事者にとって救いになる」と強調する。

 公立中で教壇に立つ浦田教諭も「当事者がいるかを探すことは絶対にしない」と前置きしつつ、「悩んでいる生徒が1人で苦しむことがないよう、『ここの扉は開いているよ』と合図を出し続けている」と明かす。

 実践しているのは、日常のささいなシーンでの何気ない一言。例えば、性別のチェック欄があるプリントを配るときに、「男女でチェックする箇所があるけど、これって必要かな」と言ってみる。授業中、異性愛が前提のテーマが出てくると、「同性同士で付き合っている人だっているけれど、そういう人たちをいないことにしてほしくないな」「人を好きにならない人もいるよね」と独り言のようにつぶやいてみる。

 「認めたり、良いか悪いかを判断したりするのではない。あくまで『存在して当たり前だよね』と、寄り添う姿勢を示してほしい。生徒に多様性の中で生きていく感覚を覚えてもらいたいとともに、苦しんでいる生徒に『私はあなたの生き方や、自分らしく生きたい思いを尊重するよ』とメッセージを送っている。生徒にとって安心できる大人を増やしたいし、自分もそうでありたい」

(板井海奈)

本企画「共に学ぶ」では毎回さまざまな角度から、学びから取り残されてしまっているかもしれない当事者の視点に立って見える学校の風景を描写するとともに、考える材料を提供していきます。

 また、「共に学ぶ」未来について、皆さまと一緒に考える場をつくっていきます。本紙電子版の特設ページから、ご意見・ご感想をお寄せください。

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