「自立した読者」を育てる 高校生が児童書のフリーペーパー

 自分から本に手を伸ばす「自立した読者」を育てたい――。そんな思いから、児童書の魅力を取り上げたフリーペーパーをコロナ禍で発行し、NPOを設立した高校生がいる。奈良県にある東大寺学園高校2年の谷津凜勇(たにつ・りんゆう)さんが、2020年5月から制作を始めたフリーペーパー『月あかり文庫』は、現在では全国60カ所以上の図書館や書店などに置かれるようになり、谷津さんが立ち上げた読書好きのメンバーで構成される「Dor til Dor(ドア・チル・ドア)」では、『月あかり文庫』の発行に加えて、読書イベントなどの開催も予定している。なぜ高校生の谷津さんは児童書に引かれたのか。『月あかり文庫』に込めた読書教育への思いとは――。

コロナ禍の休校で児童書の魅力と再会
コロナ禍の臨時休校で児童書の魅力を再発見し、フリーペーパーを創刊することにした谷津さん(本人提供)

 「文芸部や新聞部に所属していたこともあり、もともと文章を書くのが好きで、子どもと大人のはざまである高校生の視点で、児童書の魅力を発信できないかと思った」

 児童書が並ぶ本棚を背に、Zoomでの取材に応じた谷津さんは、『月あかり文庫』を始めた理由をそのように説明する。

 『月あかり文庫』の原形である『本好きフクロウの速達便』を創刊したのは、コロナ禍で学校が長期の臨時休校になっていた20年5月のことだ。もともと本が好きで、小学生の頃は近所の子ども向けの私設図書館で、閉館時間まであらゆる本を読みふけり、これまでに少なくとも4000冊の児童書に目を通してきたという谷津さん。将来は宇宙関係の科学者になろうと考えていた中学3年生の春休みに、新型コロナウイルスの感染拡大で学校が長期の休校になり、図書館から借りた本もすぐに読み尽くしてしまったとき、ふと、本棚にあるトンケ・ドラフトの『王への手紙』やアーサー・ランサムの『ツバメ号とアマゾン号』(いずれも岩波少年文庫から刊行)を手に取った。

 「子どもの頃に何度も読んできた本だったが、『こんなに面白かったっけ?』と、大人の小説とは違うワクワクするような楽しさがあった」

 これをきっかけに谷津さんは再び児童書の世界に誘われ、SNSなどに児童書を紹介するようになった。それをフリーペーパーとしてまとめたのが『本好きフクロウの速達便』で、小学生の頃に通っていた私設図書館などに置いてもらったところ、口コミで評判が広がり、今では全国60カ所以上の図書館や書店に設置されるようになった。

読者の期待に応えNPOを起業

 ネットではなく、あえて紙のフリーペーパーにした理由は「形に残り、手に取ってくれる人に特別感を届けたいのと、何より、活字を読む体験を大切にしたいから」。フリーペーパーを読んで「紹介されている本を図書館で借りたら、娘がすっかり気に入って、本屋で買うことにした」といった声や、「図書委員をしている子どもたちの刺激になっている」といった反響が寄せられた。

 一方で、「A4サイズだと大きくて、かばんに入らない」という意見もあった。そこで谷津さんは「やるからにはみんなの声に応えて、より役立つものにしたい」と一念発起。版型を一回り小さいB5サイズに変え、タイトルも短く『月あかり文庫』に変更した。そのタイトルは「一度本の世界にのめり込むと、『ご飯ができたよ』と声を掛けられても気が付かずに、夜更けまで読み続けてしまう」という谷津さんの姿が投影されている。

さまざまな児童書の魅力を紹介する『月あかり文庫』

 昨年春には、ネット上でメンバーを募集して、「ドア・チル・ドア」を設立。10人ほどのメンバーには絵本作家や編集者といった本づくりのプロもいる中で、『月あかり文庫』の編集や読書イベントを通じて、単なる本の紹介にとどまらない読書の楽しさを届けている。現在までに『本好きフクロウの速達便』から通算で7号まで発行し、毎号1400部を印刷するまでになった。

 当初は自宅のプリンターで印刷していたが、口コミで広がっていくうちに印刷費用や送料が増加。そのため、谷津さんは、インターネットでさまざまな印刷会社を調べ、大阪市に本社があり、「印刷を通じ社会に貢献する」をスローガンに掲げていた奥村印刷に「ダメもとで」協賛を依頼。同社としても初めての試みだったそうだが、印刷や製本を無償で手掛けてくれるようになり、活動の継続に弾みがついた。

 『月あかり文庫』の取り組みは、カタリバが主催する探究学習の成果発表コンテスト「全国高校生マイプロジェクトアワード2020」で全国最優秀賞に輝いたほか、現在は、社会起業家のネットワークを構築する国際組織である「ASHOKA JAPAN(アショカ・ジャパン)」からユースベンチャーとしての認定を受けた。また、児童書に精通していることを見込まれ、子ども向けに読書教育のオンライン習い事サービスを提供する「Yondemy(ヨンデミー)」が開発した児童書AIデータベースのブックデータの作成に一部携わったりするなど、谷津さんの活躍の幅はさらに広がっている。

将来は読書教育に関わる仕事に
「暗闇に自分色の灯火を」がモットーだという谷津さん(本人提供)

 こうした活動を通じて、谷津さんの人生でやりたいことは、いつしか科学者から読書教育に関わる仕事に変わっていった。高校卒業後は、海外も視野に大学で教育学を学びたいと考えているそうだ。

 また、通っている東大寺学園高校では、生徒会長と文化祭実行委員という顔も持ち、昨年は初めてとなるオフライン・オンライン併用の文化祭をプロデュースするなど、学校外で行っている「ドア・チル・ドア」の活動とアクティブな高校生活を両立させ、充実した日々を送っている。

 谷津さんは「小中学生は朝の10分間読書や読書感想文など、本を読む時間や機会がある意味、強制的に与えられているが、うまく活用できておらず、読書の本当の楽しさを実感するのが難しいのではないか。だから高校生になると、読書をする割合が一気に減ってしまう」と日本の読書教育の問題点を指摘。「より良い読書経験を通じて、自分から本に手を伸ばす『自立した読者』を育てたい。子どもたちには本を通じて、なりたい自分の姿を見つけて、主体的に自己実現してほしい」と語る。

 谷津さんの考える「自立した読者」とは「自発的に本を手に取って読書の時間を作り、読むことそのものを楽しみながら、自らの内面を耕していくことのできる読み手」のこと。将来の予測が困難なVUCAの時代だからこそ、偏差値や学力ではなく、一人一人の自我を確立して自分らしく生きるために、自分の内面と向き合う読書の価値が再評価されるはずだと信じる。

 『月あかり文庫』に関する問い合わせは「ドア・チル・ドア」のホームページ、またはメール(info@dor-til-dor.org)で受け付けている。

(藤井孝良)

【訂正】12段落目の「「Yondemy(ヨンデミー)」が開発した児童書AIデータベースの監修」としていた箇所について修正しました。

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