4月から18歳で成年 大人になることを考える学びの不足

 改正民法の施行により、4月から成年年齢が18歳に引き下げられる。省庁や学校現場では、この対応や理解促進に向けてさまざまな啓発活動や教育が行われている。来年度の高校3年生からは、成年と未成年が同じ教室にいることとなり、さまざまなトラブルや混乱が起こる可能性も懸念される。成年年齢が引き下げられることを、学校現場はどう受け止めればいいのか。関係者への取材から浮かび上がってきた課題は、「大人になる」ことを考える教育機会の少なさだ。

準備期間中のアクションプログラムでも不十分との指摘

 明治時代に民法が制定されてから約140年間、日本では満20歳をもって成年とされてきたが、4月以降は、満18歳を迎えた人が順次成年になり、歴史的にも大きな変化が訪れることになる。

 18歳になり成年を迎えると、保護者の同意なしで契約ができ、未成年が行った保護者の同意のない契約を取り消すことができる「未成年者取消権」も適用されなくなる。また、親権の対象となる年齢も18歳になることから、進学や就職も本人の意思で決められるようになる。

 選挙権の年齢や海外の成年年齢に合わせるなどの理由で、18歳に成年年齢を引き下げる改正民法が国会で成立したのは2018年6月。実際の施行までに4年近くの期間が設けられたのは、消費者被害を防止するための法整備や、学校・地域での消費者教育の充実などの準備が必要とされたためだ。

 これを受けて、消費者庁などの関係省庁は18~20年度までの3年間を「若年者への消費者教育の推進に関するアクションプログラム」と位置付け、高校の公民科や家庭科を中心とした消費者教育に関する指導の徹底や、消費者庁が作成した高校生向けの消費者教育教材「社会への扉」を活用した授業を国内全ての高校で実施することを目標に掲げた。

消費者庁が作成した「社会への扉」

 さらに、成年年齢の引き下げが1年後に迫った21年度には、「『成年年齢引下げに伴う消費者教育全力』キャンペーン」を展開。お笑いタレントのゆりやんレトリィバァさんを起用したラップ動画など、若い世代に訴求するプロモーションに力を注いできた。

 しかし、これらの取り組みで成年年齢の引き下げに向けた理解や対応が十分に進んでいるとは言い難いという指摘もある。

 第三者機関として消費者行政の評価や検証、監視を行う内閣府の消費者委員会は昨年12月、成年年齢の引き下げに伴う若年者の消費者被害の防止に向けた対応策について、意見書をまとめた。そこでは、「社会への扉」を活用した授業は、国公立では9割を超える実施率であるものの、私立高校や特別支援学校ではそれに比べて低いことや、概括的な教育が多く、知識の定着が不十分であることを指摘。「社会への扉」を活用した授業について、理解度や定着度も含めて全国規模で成果検証を実施することや、成年年齢の引き下げが実施された後の取り組みを早急に具体化する必要性を提言した。

業界団体の動きも活発化

 成年年齢引き下げによって、18歳になるとクレジットカードをはじめ、さまざまな契約ができるようになる。こうしたことへの民間の業界団体の対応も活発になってきた。

 日本損害保険協会が昨年12月に公開した、全国の公民科、家庭科を担当する高校教員に行った調査によると、事故や病気、災害などの生活上直面するリスクについての教育を現在、「実施している」と回答した割合は52.8%で、「実施していない」は31.6%、「実施したことはあるが、現在は実施していない」は12.7%だった。担当教科別では、公民科では32.0%、家庭科では68.4%が「実施している」と答えていた。こうした生活におけるリスクに対して、経済的な備えとして損害保険があることや、その内容について教えることについて、現在「実施している」と答えたのは23.4%で、「実施していない」は63.7%、「実施したことはあるが、現在は実施していない」は10.2%だった。「実施している」と回答した割合を教科別に見ると、公民科は11.0%なのに対して、家庭科は32.7%で、授業時間としては各学年ともに1時間未満の割合が4割以上を占め、最も高かった(=グラフ)。

「生活上のリスクに関する教育」と「損害保険に関する教育」の実施状況

 こうした課題を踏まえ、同協会では教員などに向けた特設サイト「そんぽ学習ナビ」を充実。消費者教育の授業用教材や講師派遣などに力を入れる。また、全国銀行協会でも中高生向けの金融経済教育の授業用教材を紹介。高校などでの出張授業にも応じている。

 一方で、不安の残るデータもある。日本貸金業協会が昨年10月に公表した調査では、調査に回答した貸金業者420社のうち、18~19歳を貸付の「対象とする」と答えたのは、4分の1に相当する105社、「未定」と答えたのも108社あった。さらに「対象とする」と回答したうちの37社では、保護者などの親権者の同意を得ずに対応するとし、借り過ぎの注意喚起や計画的な利用法などのアドバイスを行うのも47社にとどまった。

意思決定をしていく消費者を育てることが大事

 「あれもこれもやろうとすれば、知識の詰め込みで終わってしまう。教え方を根本から変えないといけないのでは」

 そう話すのは、埼玉県立蓮田松韻高校で家庭科を教え、文科省の消費者教育アドバイザーも務める池垣陽子教諭だ。4月から高校は新学習指導要領への移行が始まることもあり、新しい教科書では資産形成に関する記述が手厚くなったり、民間と連携した金融教育の講座を開いたりするなど、これまで以上に内容の量も教材の選択肢も増えた。しかし、多くの高校で家庭科は「家庭基礎」の2単位しかないため、知識を覚えることに終始してしまったり、目的と手段が入れ替わってしまったりすることになりかねないと懸念する。

 「資産形成のためのさまざまな金融商品は、ライフプランを考える際の一つの要素ではあるが、その特徴を暗記することが重要ではない。ライフイベントや退職後の安定した生活を実現するために必要なお金をどう用意していくか、生徒自身に具体的に考えさせることが必要だ」と池垣教諭。「社会への影響も含めたお金の流れについて批判的思考で考え、意思決定をしていく責任ある消費者をどう育てていくか。社会全体を巻き込んでもっと議論していくべきだ」と指摘する。

 東京都品川区にある品川女子学院中等部・高等部では、28歳になった自分自身の姿を思い描き、そのころまでに必要なライフデザインについて考える「28プロジェクト」を掲げる。その一環で文化祭では生徒が疑似的な株式会社を立ち上げる起業体験プログラムなどを行っていることもあり、家庭科を教える丸山智子教諭は「お金のことに関心のある生徒は多いのではないか」と話す。

 一方で丸山教諭は、成年年齢が18歳に引き下げられることは知っていても、具体的にどんなことができるようになるかまでは理解していない生徒もいるのではないかと感じているという。

 「成年年齢の引き下げは、生徒にとってまだ自分事にはなっておらず、ピンと来ていないかもしれない。必要な知識を教えること以上に、自分でアンテナを立てて、必要な情報をキャッチして判断していく力を育てることが大事だ」と丸山教諭。

 消費者教育が専門の横浜国立大学の西村隆男名誉教授は「成人とは一体何なのか。国民的な意識が醸成されないままに、18歳への成年年齢引き下げへと突っ走っている」と、今の社会の状況に警鐘を鳴らす。「成人とは、社会に対して責任を持ち、自立して行動できるということ。責任ある消費という意思表示を通じて、社会に影響を及ぼす消費者市民を育てていかなければいけない。この成年年齢引き下げは、そんな社会にしていくためのきっかけとしていかなければいけない」と話す。

「大人になる」教育は足りているか

 成年年齢の引き下げは消費者教育の問題だけにとどまらない。弁護士として活動しながら東京都内の中高一貫校で教員をしている兵庫教育大学大学院の神内聡准教授は1月末に、『みんなで考えよう18歳成人 大人になるってどういうこと?』(くもん出版)を出版。成年年齢が18歳に引き下げられることと関連してどのような制度が変わり、高校生活にどんな影響が出る可能性があるのかを、イラスト付きで分かりやすく解説した。

 「学校にはいろいろな生徒がいて、『本当にこの生徒に成人としての自由と権利を与えて大丈夫か』と教員が心配になることもあるし、高校卒業後の学費を保護者が負担することが一般的な日本では、成人の実感が湧きにくい。18歳の誕生日を迎えたら成年という法律上の線引きと、実際の学校や社会の現実との矛盾に気付かせることが大事で、大人になることは法律だけで決まるのではなく、主体性や責任感も伴うことを考えるきっかけにしてもらえたら」と神内准教授。

 また、契約に関するトラブルや詐欺の被害、成人としての意思決定に関することは、生徒指導にも直結するが、18歳になっているかどうかで対応が異なる可能性があることも学校現場の悩みの種だ。「例えば進路指導の場面で、18歳になった高校3年生が、保護者の意向と全く違う進路を希望したとき、教員はどう判断すればいいか。契約のトラブルが起きて、たとえ学校が指導をしても、契約そのものは成立しているので取り消すことはできない。実際に起こった問題事例を蓄積していくしかない」と話す。

 東京都調布市にあるドルトン東京学園中等部で社会科を担当する大畑方人(まさと)教諭は、成年年齢の引き下げについて、教員も生徒もリアリティーを持てていないと指摘する。

 「中高生と接していて、何となく世の中のことは知っているつもりでも、自分事になっていないと感じる。社会の厳しさや経済的な格差を実感する機会がない生徒もいれば、そうした現実を突き付けられて、大人になる前から将来を諦めてしまっている生徒もいる。学校で必要なものは、リアリティーに対する想像力ではないか」と話す。

 その上で「『こんな危険があるから気を付けなさい』という予防教育の視点だけではあまり面白くない。一人暮らしで部屋を借りることもできるけれど、どんなライフプランがいいかといった前向きな問い掛けや、なぜタバコや飲酒は18歳に引き下げられないのかといったテーマでのディベートなどもしていきたい」と大畑教諭。高校では、家庭科や新学習指導要領で始まる「公共」の授業の中だけでなく、他教科やホームルームなどでも触れていく必要があると呼び掛ける。

 法教育が専門の福井大学の橋本康弘教授は「個人が自己決定をし、それに対して責任が発生する法の原理・原則をシンプルに教えていくべきだ」と指摘。「消費者保護を目的としたさまざまな救済制度はあくまで契約の例外であり、あまり強調し過ぎずに、むしろ責任ある成年としてどう考え、行動するかを学ぶことの方が大切ではないか」と話す。

 さらに橋本教授が強調するのは、教員や保護者の意識改革だ。「父権主義的な家庭や学校の意識を変えていかないといけない。18歳で成年になったときに、自分で意思決定できる力を養えているかが問われている」と説明。子どものうちから自分の意見を言うことや、法の原理・原則を踏まえた思考をしながら、権利主体としての成年になっていくことを支援していくような大人の関わり方を増やせるかが鍵だと呼び掛ける。

(藤井孝良)

あなたへのお薦め

 
特集