エージェンシーをどう訳す? 生徒らとOECD関係者が座談会

 経済協力開発機構(OECD)が教育分野に関心を持つ日本の中高生や大学生とともに企画する国際ワークショップが3月28日と29日の両日、オンラインで開催される。このワークショップは、東日本大震災からの復興にあたり、先進的なプロジェクト型学習(PBL)を行ったOECD東北スクールを源流に持つ。開催に先立ち、OECD東北スクールの成果発表となったパリでのイベントの経験者たちと、今回の実務を担う中高生や大学生たちがオンラインで座談会を行い、世界の中高生らと教育関係者が参加する国際ワークショップの狙いや成功させるための視点を話し合った。

 OECD東北スクールは、東北地方の復興を支える産業やイノベーションを生み出す人材の育成を目指したOECDによる復興支援プロジェクトで、福島、宮城、岩手3県の高校生と教員約100人が参加した。高校生が地元の農家や企業と一緒に特産品を開発するなど、高校の新学習指導要領で重視されている探究学習を先取りするかたちで、PBLによる学びを2年半にわたって実践した。

 そうした学習成果を世界に向けて発信するゴールに設定されたのが、OECD本部のあるパリで2014年8月に開催されたイベント『東北復幸祭』。エッフェル塔がそびえるシャン・ド・マルス公園で、沿岸部を襲った巨大な津波の高さを無数の風船で再現するなど、『創造的復興』のメッセージをアピールした。

 OECD東北スクールの試みは、予測困難な事態が起きる時代を生き抜くために必要なキー・コンピテンシー(資質・能力)とは何かを問い直すきっかけとなり、OECDのEducation2030プロジェクトに大きな影響を与えた。「主体的・対話的で深い学び」の実現を目指す日本の学習指導要領にも呼応している。活動は後継プロジェクト「地方創生イノベーションスクール2030」や今回のワークショップに引き継がれた。

 今回の座談会に参加したのは、『東北復幸祭』を行った当時、パリのOECD日本政府代表部で大使を務めていた兒玉和夫・フォーリン・プレスセンター理事長と、参事官だった村尾崇・文科省初等中等教育局財務課長。生徒側は、七島海希さん(角川ドワンゴ学園N中等部3年)、小島萌々花さん(福井県立敦賀高校3年)、竹内陽渚さん(広島市大国際学部1年)、南朴木里咲さん(早稲田大基幹理工学部1年)、山本詩央理さん(東京学芸大教育学部3年)で、いずれも主要メンバーとなっている。OECD東北スクールでパリ側の取りまとめを務めた田熊美保・OECD教育スキル局シニア政策アナリストがモデレーターとなって進行した。

時代を先取りしていた東北スクール

 第1部では、2014年8月の『東北復幸祭』について、田熊氏が「日本のプロジェクトが日本だけで終わらないようにするためには、かなり戦略的にやらないとできない。それを可能にできたのは、どうしてか」と参加者に問い掛け、兒玉氏と、村尾氏が当時の経験を生徒たちに語り継ぐかたちでスタートした。

 兒玉氏は「テーマは、東日本大震災から復興に立ち上がろうとする東北の魅力を世界に向けて発信することだった。そのとき、100人の中高生の皆さんにお願いしたのは、世界の中の日本ということを常に意識してほしい、ということ。大変な災厄に直面し、親しい人、愛する人、尊敬する人、家族を失っているわけだから、それをどういう物語にして、どういうメッセージをパリから発信するのか。『特殊』の中から『普遍』を考え、一人一人の体験から世界の人々に通じるメッセージとは何かを考えてほしい、と繰り返した」と切り出した。

 「もう一つ、東日本大震災では、津波、大地震、原発の問題もあったけれども、そうした大災害は世界中で起きている、ということを、あえて申し上げた。すごく冷めた言い方だが、それは事実。そういうところから、シャン・ド・マルス公園に青と赤の風船を浮かせ、20数メートルの津波がきたことを視覚化する、というアイデアも出てきた。これならば、言葉はいらない。みんなが熟議を経て、このプロジェクトを作り上げた。素晴らしかった」と、気持ちを込めた。

 イベントの成果について、兒玉氏は「メッセージは、輪だった。絆であり、環であり、みんながつながっているような意味もあった」と説明。「東北の人々が、苦難に立ちすくむのではなく、前に向けて歩き出すことが大切。世界の人々との絆を大切に、共にチャレンジしていく、というメッセージを見事に発信してくれた」と述べた。

 村尾氏は「OECD東北スクールは2012年にスタートし、2年半という長いプロジェクトだった。これを実際にやるのは、すごく難しい。途中で抜けていく人もいて、生徒がそれをマネージしていくことも大変だったが、サポートする大人も大変だった。例えば、屋台を出したいと言っても、日本とフランスでは規制が違うなど、いろいろな障壁がある。実行するためには何が必要か、相手方にどう受け取られるか、そうしたことへの想像力を持ってほしい、と申し上げていた」と、関係者との調整に追われた当時の様子を伝えた。

 その上で「海外の人がどういうふうに受け取るか、を考えてほしい。日本ですごいと言っても、海外の人がそれをすごいと思うかどうかは、育っている環境によって、全く違う。このプロジェクトの中で体験しながら、私自身も学んでいった」と振り返った。

 OECD東北スクールについて、村尾氏は「今を先取りしている部分があった。パリと東京、福島を結んで、毎週2時間ぐらいはオンラインで会議をやっていた。大人だけでなく、子ども同士でもやっていた。あれから10年がたち、コロナ禍で当たり前になっている、さまざまな対話とか、いろいろな立場や場所の違いを乗り越えて、何かを作っていくことの原点的なものが当時やっていたことにあった」と先進性を評価。「今、まさに時代の転換期にあって、教育の在り方が大きく変わりつつある。そういう意味で、示唆を与えてくれるプロジェクトだった」と、当時の試みを意義付けた。

 質疑の中で、竹内さんはこれまでイベントに関わってきた経験を踏まえ、「海外の人たちと同じ場所でやっていこうとすると温度差が出てしまうことが多い。生徒と大人にも熱意の違いがある。それらを乗り越えるための工夫があれば教えてほしい」と求めた。

 村尾氏は「熱量の差は、どんな社会でもある。こういうプロジェクトは、強制するものでもないので、『対話』が大切になる」と答えた。

 その上で、国際的なプロジェクトを進めていく心得について、「海外の人とは、もともと価値観が違うから、完全な一致にはならない。もともと期待値を低くしておけば、日本人である自分がいいと思っていることに、一定の共感をしてもらえるだけでうれしくなる。最初から高いレベルを求め、自分の期待値を高くしていると、そこにいかなければ、フラストレーションがたまる。こういうイベントは、参加者がやりたくてやるのだから、折り合うところは折り合いながら、妥協していくことが必要だ」と、現実的なプロジェクト・マネジメントの大切さを指摘した。

エージェンシーがぶつかり合うとき

 座談会の第2部では、OECDのEducation2030でキーワードになったエージェンシー(Agency)について、議論を深めた。田熊氏は「一人一人のエージェンシーが大切、と指摘するのは、それほど難しいことではない。しかし、それが他者と関わり合う共同エージェンシー(Co-Agency)になると温度差などが生まれてしまう」と問題提起。生徒側の参加者たちに「エージェンシーを自分が翻訳するとしたら、どんな日本語にしたいか」と聞いた。

 「私が一番、エージェンシーを発揮していたのは高校生の時だった。その時、私が感じていたのが、なんでもできそう、という『無敵感』。この無敵感があったからこそ、地方創生イノベーションスクールの活動や国際会議など、それまで経験したことがなかったことに、思いきって挑戦できた。エージェンシーは、無敵の気持ちで突き進む力なのではないか」(山本さん)

 「エージェンシーは『自分らしさ』だなと思っている。高校時代に先生から教育に興味があるなら教師になりなさい、と言われたが、私は教師になりたいわけではなかった。海外の生徒との会議に参加した時、教師になりたい人ではなくても、教育について熱く話している人がいて、こういうことができるのは、自分らしさを持っているからだな、と強く感じた。そこから私は『エージェンシーとは、自分らしさを自分で見つけて持っておくこと』だと学んだ」(竹内さん)

 「私はまだ、エージェンシーって何だろう、とずっと思っているところ。自分のやりたいことを表現するとか、やってみるとか、そういうときに、エージェンシーってあるのかな、はてな、という状態」(小島さん)

 「私が自分の中のエージェンシーを見つけたのは、昨年3月のOECD福島ワークショップだった。私のテーマは『目に見えない健康』で、例えば、いじめの問題や偏頭痛など、自分が経験し感じたことを話した。目に見えない問題だからこそ人に理解してもらうのが難しいこと、具体的に解決策について話し合われないことを取り上げた。ワークショップの終了後、いろいろな人から『あの話、すごく共感した』と言ってもらえ、その共感が自分の勇気になったし、参加者の方にも勇気を与えられたと感じた。そのとき、『エージェンシーとは、共感のことだな』と気付いた」(南朴木さん)

 「エージェンシーは一人一人が主役になれるとか、一人一人が輝けるとか、そういうことかと思う。私が活動を始めたきっかけは、東北スクールや地方創生イノベーションスクールで先輩方が生き生きと輝いている姿に憧れ、私もそうなりたいと思ったから。その時はエージェンシーという言葉は全く知らなかったけれど、あの時がエージェンシーを私が目の前で見た瞬間だったのだと思う。今は自分もエージェンシーを発揮し、自分からチャレンジできていると感じている。それがエージェンシーなのかな、と思う」(七島さん)
 
 生徒側の参加者が体験に基づいた自分の言葉で話したのに続き、田熊氏は「自分のエージェンシーがきらきらと輝いていると、それが他人のエージェンシーとぶつかり、相手を傷つけてしまうこともある。そういう共同エージェンシーを考えてみたい。兒玉大使は『エージェンシーは個人の尊厳』と指摘しているが、外交官としての長い経験から、個人の尊厳と尊厳がぶつかり合う場面をどう捉えてきたのか教えてほしい」と水を向けた。

 兒玉氏は「人間は自己決定権を持つ。これは、おのれの主権者(Sovereign Agent)ということ。尊厳と権利において平等であって、お互いに尊重し合わなければならない。ところが、現実の世界では、人はぶつかりあう。なぜかと言えば、人にはそれぞれ自由に由来する欲求(例えば自尊心)があるから。そうした欲求がぶつかり合う現場で、絶えざる調整が必要になる」と説明。田熊氏は「その『絶えざる調整』は、OECDのラーニング・コンパス(学びの羅針盤)が育むべき力とした『対立やジレンマに対処する力』に重なる」と指摘した。

 さらに兒玉氏は「大事なのは、それらが他者とぶつかりあったときに、他者を傷つけたり、他者の尊厳を侵害したりする立場にならないこと」と強調。「いじめは他者の存在の否定であり、人権侵害」と、生徒たちにとっても身近ないじめ問題に引き寄せた。
 
 その上で、「エージェントとは、自分で目指すべきものを選び取る自由でもある。自分が主役になり、人間としてダイナミックに発展していく契機にすることが大事。別の言い方をすれば、エンパワーメント、つまり人間は、自らの人生を通して自分を成長させることができるということを認識してほしいと思います。人間は教育を通じて潜在的な能力を自らのものとして発揮できる。そうした成長の過程では『競争』の役割は重要なので、競争から逃げることもしないでほしい。また、競争の結果は、競争に参画した人の人格とは無関係です。他者が自分とは異なること、すなわち、その『多様性』を受け入れる中で、共通の目標、理念を目指して成長していくのが進むべき道であり、一人一人がおのれの主権者だということを強調したい」とメッセージを送った。

「○○を超える」国際ワークショップ

 第3部では、ワークショップの内容を巡り、生徒側のプレゼンテーションに対して、兒玉氏と村尾氏がフィードバックを行った。

 今年のワークショップのコンセプトは「過去・現在・未来への旅」。「過去を超える/常識を超える/国境を越える」をキャッチフレーズとしたOECD東北スクールのスピリットを継承することを掲げ、そこに今の時代を反映した「○○を超える」というメッセージを加える、という。参加者は日本だけでなく、OECDのEducation2030プロジェクトに参加した世界各国に招待状を出した。中学生、高校生、大学生、教員、研究者、企業、自治体、地域活動家などが参加する見通し。

 竹内さんは「1日で終わればイベント。1年続けば取り組み。10年続けば歴史。30年続けば文化になる、と昨年、参加者からコメントをもらった。東日本大震災から11年目になり、みんなで文化になるまで続けたい」と意気込みを語った。

 国際ワークショップの主なセッションとしては、▽OECD東北スクールから10年の歴史をたどる▽「大正新教育」から150年を経たいま、「令和の新教育」を考える▽生徒の本来を壊さず、エージェンシーを発揮するために必要な教育とは何か▽マイノリティー、マジョリティーといったくくりなく、一人の人としてフォーカスしてもらうには(南朴木さん)▽未来の場作りメーカーとは何なのか(竹内さん)▽「世界中がクラスメート!」大作戦=学校が内向きに閉じず、世界とつながる教育のデジタルプラットフォーム作り(七島さん)▽未来を形作る探求的な学びとは(小島さん)--が紹介された。

 オープニングセッションには、アンドレアス・シュライヒャーOECD教育スキル局長や兒玉氏らが参加。山本さんは「一人ずつスピーチをするのではなく、対話形式で話してもらい、雰囲気を参加者に感じてもらいたい」と気持ちを込めた。

 こうした説明に対して、村尾氏は「国際ワークショップであるなら、海外から参加してもらった人にとっても有益な内容にすることが大切。海外の人たちとも対話できる要素を、それぞれのテーマに意識的に入れ込んでみてはどうか。例えば、教育におけるデジタルとリアルの最適な着地点などは、どこの国でも悩んでいる」「マジョリティーとマイノリティーが判然と分かれているわけではない。ある問題ではマイノリティーで、別の問題ではマジョリティーといったように、立場が入れ替わることもよくある。だから、自分事として問題を考えられるように設定するのがいいと思う」とアドバイスした。

 兒玉氏は「気候変動や少子化など、世界各国にとって共通のメガトレンドがある。日本はそうした課題についても先進国なので、そういう意味では、日本の成功例や失敗例は全て他国には教訓になる。世界共通の課題を取り上げて、各国がそれぞれどういう取り組みをしているのかを共有して議論する場があってもいい」と話した。

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日本OECD共同研究 東京学芸大学・OECD共催 オンラインワークショップの概要

  • 日時:2022年3月28日(月)・29日(火)
  • 会議形態: オンライン(Zoom 使用)
  • 主催:東京学芸大学、経済協力開発機構(OECD) 後援:文部科学省
  • 参加料: 無料
  • プログラム

【3月28日(月)】16:30-19:00 

 学芸大・OECD共催ワークショップ「過去から学ぶ」

 前半:2021年3月ワークショップの振り返り

 後半:2021年3月から今日までそれぞれの歩み

【3月29日(火)】16:00-19:00

 学芸大・OECD 共催ワークショップ「現在から未来へ」

 前半:今日の社会・教育に「なんでやねん」

 後半:未来への問題提起

 ※前半、後半それぞれ3つのトピックから1つを選んでグループ対話に参加する

  • 事前参加登録

 参加登録フォームから登録。事前参加登録の締め切り日:2022年3月18日(金)

  • 問い合わせ

 東京学芸大学・OECD共催ワークショップ実行委員会:E-mail: tguworkshop@gmail.com

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