コロナ禍の子どもの心を描く 大前粟生さん初の児童文学

 コロナ禍の最初の緊急事態宣言で全国の学校が長期の一斉休校を経験してから2年。この間のコロナ禍を過ごした子どもたちの気持ちを丁寧に描いたファンタジー、『まるみちゃんとうさぎくん』(ポプラ社)が3月16日に発売された。著者は多くのメディアで取り上げられるなど、注目を集めている新進気鋭の作家、大前粟生(おおまえ・あお)さん。自身にとって初めての児童文学作品でもある同作品に映した、コロナ禍の子どもたちへの思いを聞いた。

『まるみちゃんとうさぎくん』あらすじ

 ある日突然、外に出ていた人がいろいろな姿に変身してしまう事件が起きた夕日町。そこで暮らすまるみちゃんは、外出が禁止され、学校が休みになって少しほっとしている。そんなまるみちゃんにお母さんは、夕日町に引っ越してきたばかりの同級生のうさぎくんとテレビ電話で話し相手になってほしいと頼む。まるみちゃんとうさぎくんは少しずつ打ち解けていくが、ある日、うさぎくんは外に飛び出してしまった。それを知ったまるみちゃんは……。

コロナ禍の現実と一人の子どもを行ったり来たりするファンタジー

――子ども向けのファンタジーとして、これまでの作品と何か違いを意識した部分はありますか。

 子どもたちが読むものなので、文体や使用する漢字は易しいものにしましたが、書いている内容そのものは、これまでの作品と違わないと思います。もともと、人が答えの出ないことでぐるぐると悩んでいるのを書くのが好きなんです。

 この作品の中でも、特別とか、普通とかということに悩む子どもたちが登場しますが、はっきりとこれが正解、これが間違いというふうな、分かりやすい答えは出していません。『子どもたちにどこまで届くかな』とこちらは考えながらも、今は分からなくても、そのうち気が付いてくれたらいいし、大人と一緒に考えてもらってもいいかなとも思いながら、作品として形にしていきました。

 構想を練り始めたのは、ちょうど最初の新型コロナウイルスの緊急事態宣言が出ていたころです。フィクションや小説ではなくて、リアルですごいことが起きていました。私が子どものころも、ニューヨークの同時多発テロなど、まるで小説の世界のような大変な出来事は起こっていたけれど、子どもにとっては身の回りのことが世界の全てです。身近な世界が楽しければ、どんな現実も楽しいと感じているんですよね。

 しかし、このコロナ禍は、そんな子どもたちの身近な世界もがらりと変えてしまうくらいの大きな影響がありました。改めて子どもたちは、この状況をどう感じているのだろうと想像したのです。きっとそこには、大人が思っているほど悪いことばかりではなくて、学校が休みになって良かったと感じている子も多いんじゃないかなと思いました。そんな世の中の空気と、一人の子どもが感じていることの間を行ったり来たりする作品として描こうとしたわけです。

みんな違うからこそ、フラットな関係になれる

――学校が再開して、まるみちゃんのクラスには、外に出てしまった結果、「スペシャル」な姿に変わってしまった子どももいれば、そうではない子どももいて、実に多様な場になっていました。これらの人物はどのように設定したのですか。

 単純に語呂がいいという理由で、主人公の名前を「まるみちゃん」と「うさぎくん」にすることはあらかじめ決めていたのですが、新たに出会った2人がぶつかり合いながらも少しずつ仲良くなっていく姿を描いていく中で、だんだんと2人の輪郭がはっきりしてきました。それにつれて、他の登場人物たちも決まっていった感じですね。

 「歯を磨かないと大変なことになるよ」みたいに、子どもに何かを教え込むお話は苦手なんです。まるみちゃんのクラスでは、いろいろな姿に変わった子どもたちが出てきます。同じクラスの中にいる子どもたちなのに、手が恐竜になってしまった担任の先生も含めてみんな違う。もちろん、「スペシャル」ではない子どももいて、それぞれにいろいろなことを考えています。みんな違うからこそ、かえってフラットな関係になれたのではないかという部分はあるように思います。

 でも、これは現実の社会も同じで、学校にも、障害のある子どももいれば、外国にルーツがある子どももいますよね。そんなふうにいろいろな人がいるのが普通で、仮に同じ日本人ばかりであったとしても、やっぱり、一人一人は確かに違う。違うことが当たり前なので、本来はそれをあえて口に出す必要もないんですよね。

 体が変身しても、元の姿であっても、何をしたって人はそれぞれなんです。そして、子どもたち自身が考えて納得した上で、自分がどうありたいかを決めるということまで、この作品ではちゃんと書こうと思いました。

 とはいえ、子どもたちにまず、楽しんで読んでもらいたいですね。自分の体が変化できるならどうしたいかって、子どもなら誰しも一度は妄想や空想をするはずですよね。この物語も、その延長線上にあると思って、手に取ってもらえたらうれしいなと思います。

「さびしい」は個人と社会をつなぐ感情

――作中の登場人物はみんなそれぞれ、少しずつ違った形の「さびしさ」を抱えていて、それをいろいろな形で分かち合おうとしているように感じました。

 「人気者になりたい」「独りでいたい」。そんな「さびしい」という感情は、一個人と集団、個人と社会をつなぐ感情でもあります。いろいろな人のいろいろな「さびしさ」のパターンを描けたらいい。そして、読んでくれた人が登場人物の誰かが抱いている「さびしさ」に引っ掛かってくれたら、同じような気持ちが分かると感じてくれたらいいなと思いました。

 少し前まで京都に住んでいまして、七夕の季節になると近所の商店街で、子どもたちが願い事を短冊に書くんです。一昨年や昨年は「コロナが早く落ち着きますように」という短冊ばかりが下がっていて、何だかすごくまじめだなって、もっとわがままなことを書いたっていいのになと思いました。気を遣っていて、本当に思っていることは心の奥にしまってしまう。子どもたちが自分の気持ちをぶつけられる場所が、どこかにあったらいいのになとも感じました。

 もしかすると、うさぎくんとお兄さんの関係がそれに近いのかもしれません。お兄さんもうさぎくんも、お互いに思っていることを言葉にしないと、どんどん距離が広がってしまう。自分の気持ちを抱え込んでしまっても、あまりいいことはありません。子どもも大人も、たとえけんかになってもいいから、自分の気持ちをはっきり伝えようとしないと、お互いに分かり合えません。

 特に子どもは、自分自身が今、どんなことで悩んでいるのか、うまく言葉にできません。だからこそ、誰かと話すことで、その姿が少しずつ分かってくることがあります。対面でも、まるみちゃんとうさぎくんのようにまずはオンラインでもいいから、対話をする。あるいは日記をつけたり、本を読んでみたりして、自分の気持ちと向き合ってみることが、大事なのではないでしょうか。

(藤井孝良)

【プロフィール】

大前粟生(おおまえ・あお) 1992年生まれ。『おもろい以外いらんねん』(河出書房新社)が第38回織田作之助賞候補となるなど、今注目の若手作家。主な著書に『のけものどもの』(惑星と口笛ブックス)、『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』(河出書房新社)、『きみだからさびしい』(文藝春秋)などがある。共作による絵本『ハルにははねがはえてるから』(亜紀書房)や歌集『柴犬二匹でサイクロン』(書肆侃侃房)を刊行するなど、小説以外にも活躍の幅を広げている。

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