求められる暗記科目からの脱却 歴史と生物の新教科書

 3月29日に開かれた文科省の「教科用図書検定調査審議会総会」で合格した、主に高校2年生以上で使われる新しい教科書は、新学習指導要領に準拠し、「主体的・対話的で深い学び」や探究的な学習を意識した構成となっている。中でも理科の「生物」や地理歴史の「世界史探究」「日本史探究」では、以前から教科書に収載されている用語の数が多過ぎることが問題視され、日本学術会議や研究者・高校教員らで構成される研究団体が見直しを働き掛けてきた経緯がある。果たして、これらの科目の教科書は暗記科目からの脱却にかじを切ることができたのか。検証を試みた。

「生物」の学習指導要領にも影響を与えた日本学術会議の報告書

 「生物」の教科書を巡っては、2017年に日本学術会議が生物科学分野の教育用語について検討する小委員会を立ち上げ、18年に「高等学校の生物教育における重要用語の選定について」と題した報告書を公表している。報告書では、「生物」の教科書には2000を超える数の用語が重要語句として指定され、それが学習上の障害となっているだけでなく、生物学が暗記を求める学問であるという誤解を生んでおり、大学入試の受験科目の選択でも敬遠されるなどの影響が出ていると指摘。小委員会では当時の高校の「生物」の教科書を調査分析するなどして、高校段階の生物教育で学習すべき用語として、最重要語で254語、重要語で258語を挙げた。その後、19年にはリストの見直しを行い、現在は最重要語251語、重要語243語に改訂している。

 この報告書は、学習指導要領にも大きな影響を与えた。18年に告示された高校学習指導要領における「生物」の「内容の取扱い」では、「この科目で扱う用語については、用語の意味を単純に数多く理解させることに指導の重点を置くのではなく、主要な概念を理解させるための指導において重要となる500語程度から600語程度までの重要用語を中心に、その用語に関わる概念を、思考力を発揮しながら理解させるよう指導すること。なお、重要語句には中学校や『生物基礎』で学習した用語も含まれるものとする」と明記されるなど、暗記学習ではなく概念の理解につなげる指導が求められている。

 では、新しい教科書の用語の量はどのようになっているのだろうか。教科書によって重要用語の定義などが異なるため、便宜的に索引ページに収録されている用語の数を数えてみることにした。その結果、教科書によってばらつきが大きく、少ないもので700語程度、最も多くて1200語をやや下回る程度だった。しかしながら、日本学術会議が報告書で指摘していた2000語を超える状況は、索引を見る限りある程度改善されたと言えそうだ。

 一方で、報告書の改訂リストにあった用語が索引に掲載されているかどうかを確認したところ、「赤血球」や「無脊椎動物」など、最重要語とされていてもどの教科書の索引にも載っていない用語も散見された。もちろん、索引にどの用語を収録するかは各社によって基準が異なり、「生物基礎」の教科書で触れているために収録されなかったり、今後、各社で教科書の内容を修正する訂正申請の過程で、これらの用語が追加されたりすることも考えられる。

 ある「生物」の教科書出版社は、教科書に載せた用語の扱いについて、「重要用語として学習の区切りごとにまとめた用語数は、学習指導要領で定められた範囲の個数としている。『生物』の理解を深めるために必須と考えられる用語は、適宜説明に取り入れた。教科書の制作段階でこの(日本学術会議の)用語リストでの掲載有無も参考にした。ただし、『茎』や『根』のように、小学校でも習うような用語は、重要用語として取り立てて書くことは避けた」と説明する。

 日本学術会議の小委員会のメンバーでもあった松浦克美東京都立大学名誉教授は「今回の学習指導要領が『教える』から『学ぶ』にシフトする中で、『生物』も生徒が自ら学ぶスタイルの授業に変わらなければいけない。先生が網羅的に教えるのではなく、どう生徒が探究的に学ぶのか。その考えるためのコアとなる概念をリスト化した。高校現場も変わり始めている。この流れでやりたいと思っている先生が、チャレンジしやすくなる教科書になるといい」と期待を寄せる。

教科書改訂のたびに用語が増え続けていた「世界史」「日本史」の教科書

 この生物の動きに呼応するように、歴史教育の分野でも、研究者や高校の教員らで構成する「高大連携歴史教育研究会」が17年に、「高等学校教科書および大学入試における歴史系用語精選の提案」と題した提言を公表している。

 それによれば、高校の歴史の教科書に収録された用語は改訂のたびに増加する傾向があり、現在の「世界史B」「日本史B」では、共に3400~3800語程度にまで増大。大学入試で教科書に載っていないような事柄が出題されると、それが次の教科書改訂で反映されるなどして、結果的に高校現場では膨大な用語の説明・暗記に追われていると指摘している。これを踏まえ、同研究会が出した用語精選の第一次案では、世界史・日本史に共通する基礎的な概念として192語、世界史の用語として1643語、日本史の用語として1664語をそれぞれ公表した。

 実際に、同研究会が日本歴史学協会歴史教育特別委員会や日本学術会議史学委員会の高校歴史教育に関する分科会に呼び掛けて、17年~18年にかけて実施したアンケートでは、高校の歴史の教科書に収録されている用語が改訂ごとに増大している傾向について、「高校での授業時間の制約を考え、用語の精選が必要」という考えに対して、高校教員の33.0%が「強くそう思う」、36.8%が「そう思う」と回答。さらに、「強くそう思う」「そう思う」と答えた高校の教員に対して、「世界史B」の適当な用語数を尋ねると、2000語程度が最も多く38.1%、次いで2500語程度が27.0%だった。同様に、「日本史B」では2000語程度が最も多く37.5%、次いで2500語程度が28.2%だった。

 今回の学習指導要領では歴史科目が大きく再編され、「世界史B」と「日本史B」はそれぞれ「世界史探究」と「日本史探究」となり、単位数も4単位から3単位となった。このような事情から単純比較は困難であるものの、A5判に換算した総ページ数を基に、1冊当たりの平均ページ数を算出して教科書のページ数を比較すると、「世界史探究」は旧学習指導要領の「世界史B」の改訂版の教科書と比較して3.1%増加している。同様に「日本史探究」は「日本史B」の改訂版の教科書と比べて、6.6%ほど増えていて、単位数が減ったにもかかわらず教科書のページ数は増えている。

 また、索引に収録されている用語を数えてみたところ、「世界史探究」では最も少ない教科書で2000語を下回ったが、平均すると3100語程度、最も多いものでは4000語に迫るものもあった。「日本史探究」では、少ないもので1200語程度のものから、最大で3500語程度まで、かなり幅がある印象だった。

 用語精選案の作業に関わった高大連携歴史教育研究会副会長の桃木至朗・大阪大学名誉教授は「新学習指導要領で『教科書を教える』から『教科書で教える』傾向がより強まったと言える。もう教科書に載っていることを全て教えるのは不可能な時代で、その意味も失われている。生徒が問いを表現し、資料を基に考え、その過程で歴史への認識や問いそのものをアップデートするような活動にしていく必要がある」と強調。その上で「この新しい考え方を高校現場に浸透させるには、大学入試が変わる必要がある。マーク式の問題でも受験生の思考力をみる問題は作れる。探究型の学びを展開できる歴史の教員を育てていくことも大事だ」と、大学の役割の重要性も指摘する。

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