ウクライナ問題どう教える ある高校の政治経済の授業

 開戦から1カ月を過ぎた今も、ロシア軍によるウクライナ侵攻は続き、緊迫したニュースは毎日大きく取り上げられている。国際社会に深刻な影響を及ぼしつつある両国の戦争をどのように教えればいいのか、教育現場では努力と模索を重ねている。公民科目が専門で国際経済の実務経験もあるフリーの非常勤講師、羽田(はだ)良之さんが、3月に東京都内の私立高校で行ったユニークな授業を取材した。

フリーランスの非常勤講師、羽田良之さん

 羽田さんは昨年、教員免許をとったばかりのフリーランスの非常勤講師。普段は都内の私立の中高一貫校などの教壇に立っているが、3月は別の学校から3学期だけのピンチヒッターを依頼されて引き受けた。3学期の単元は戦後の日本経済についてだったが、最近のニュースに関連付けて学びたいという生徒の希望もあり、「今ならウクライナ情勢を取り上げないわけにいかない」と、テスト前の1時間をこのテーマに使うことを決めたという。

 都内にある中高一貫の私立女子高1年生の「政治・経済」の授業。約40人の生徒を前に、教室の大型スクリーンには、ロシアの通貨ルーブルと米国のドルの為替変動チャートが映し出された。ルーブル・ドルの関係を示す折れ線グラフは、ウクライナへの軍事侵攻が始まった2月24日を挟んで激しく上下動し、ルーブルはわずか数日で対ドル30%も急落した動きを示している。

羽田さんが授業で使ったルーブル・ドルの為替変動チャート

 「これってドル高ですか、それともドル安ですか?」

 羽田さんは生徒たちに軽く問い掛けた。さっそく「ドル高・ルーブル安だと思います」との回答が返ってきたところで、次の質問に移る。

 「ロシアの通貨ルーブルが急落すると、ロシア国民の生活はどうなりますか?」

 どういう影響が出るか、みんなで考えてほしいとグループワークを持ち掛けた。生徒たちが今年に入って受けた戦後日本経済の授業で、日本が円安で輸入が盛んになった時期や、プラザ合意後の円高不況についてすでに学んでいる。円・ドルの代わりにルーブル・ドルの関係を引き合いに出し、授業の復習をする狙いもあったという。

 生徒からはいくつかの回答が示された。「ルーブルが急落すると輸入が影響を受けそう」「輸入品の物価が上がりそう」「でもロシアって何を輸入しているんだろう?」――。羽田さんは「教科書に書かれた内容は一見、今起きていることと関係が薄く退屈に思えても、実は現実に起きている問題を考える際にとても役立つんだと気付いてもらいたかった」と話す。

ウクライナを訪問した際に羽田さんが撮影したキエフの聖ミハイル大聖堂

 内容の硬い授業なので、実は羽田さんは授業の冒頭でちょっとした工夫をしていた。大学時代に国際交流団体のメンバーとしてウクライナのキエフとリビウを訪問したことがあったので、当時撮影したウクライナ正教会の写真や招待された学生仲間とのスナップなどをスクリーンで紹介し、滞在中の体験談などを話すと、生徒たちの反応が急に前のめりになった。

 そうした工夫もした上で、徐々に授業のレベルを上げていった。ロシア中央銀行は2月末、ルーブルの急落を受けて主要政策金利を20%に引き上げた。次はこのニュースを生徒たちに示し、「なぜロシア中銀は政策金利を2倍に引き上げたのか?」と問い掛けた。

 大人でも答えづらい難しい問題だが、生徒たちからは「金利を上げたということは、金融を引き締めたということ?」「インフレ抑制のため? でも通貨安がきっかけのインフレ懸念だよね……」という答えが返ってきた。羽田さんによると、正解は「暴落したルーブルの人気を高めてルーブルを買ってもらうようにしたい、というのがロシア中銀の意図」という。

 羽田さんは続けて、「政策金利が引き上げられると、ロシア国民の生活はどうなりますか?」と問うた。

 政策金利を引き上げると、ロシア国内の経済活動は抑制され企業も市民もお金を借りづらくなる。通貨安に加えて金利が上昇し、ロシア国民の生活はいよいよ苦しくなる、というのが正解だ。授業の締めくくりには、各自で考えるようにと、こんな質問を投げ掛けて終了した。

 「この戦争は誰が止められるのでしょうか?」

 羽田さんは3月中に、同じ学年の4クラスに同じ授業を実施した。「生活の困難や命の危険にさらされている人々のことに思いをはせた上で、別の視点からもこの戦争についてじっくり考えてもらういい機会になったのでは」と振り返る。

 羽田さんは、かつて日本政策投資銀行で働いていた企業の資金調達や投資の専門家。M&Aアドバイザーとして国内外の取引を多数扱った実績もある。今は39歳で、35歳の時に学校の教師になりたいと一念発起し、昨年4月に中高教員免許を取得。現在は都内の2つの中高一貫校の教師を務めている。その傍ら、起業家として会社「on-shi-on」を立ち上げ、学校で働くフリーランスの非常勤講師の悩みや課題を探りつつ、学校と同講師をつなぐ事業などにも取り組んでいる。

(谷田邦一)

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