『ゆめパのじかん』が映す 子どもの権利を体現した居場所

 こども基本法の国会審議が始まり、日本でも子どもの権利の重要性が認識され始めている。そうした中、日本で初めて子どもの権利を条例で定めた川崎市にある「川崎市子ども夢パーク」を舞台にしたドキュメンタリー映画『ゆめパのじかん』が7月に公開される。夢パークで思い思いの自分の「じかん」を過ごす子どもたちの姿を追い続けた重江良樹監督と、夢パークの前所長で、夢パーク内にあるフリースクールを運営する認定NPO法人フリースペースたまりばの西野博之理事長に、映画の中で描かれる子どもの権利の本質を聞いた。

夢中になる子どもの姿を丁寧に切り取る

 木漏れ日の中で、地面の巣穴から出てきたアリをじっと観察する男の子。『ゆめパのじかん』は、そんな子どものまなざしのアップから始まる。やがて、歩き出した男の子が土山に上ると、夢パークの姿が目の前に広がる。

子どもの夢中になったまなざしを追い掛ける『ゆめパのじかん』のワンシーン。左端にいるのが西野理事長(©ノンデライコ/ガーラフィルム)

 土がむき出しになったプレーパークと呼ばれる広場には、廃材を利用した遊具や小屋があり、井戸水をくみ上げたウォータースライダーでは、子どもたちの歓声が聞こえる。火起こしをしたり、木登りをしたり、あるいは、ただのんびり何もしなくたっていい。ここでは、遊びを制限する禁止事項をできるだけつくらないようにすることで、子どもたちが自ら夢中になれるものを見つけたり、友達同士で遊びをつくったりすることを大切にしている。

 また、建物の中には、全天候型のスポーツ広場や、木材加工のできる創作スペースなどがある。中でも特徴的なのは、「フリースペースえん」というフリースクールがあり、乳幼児から高校生くらいまで、常に多様な子どもたちが一緒に過ごしていることだ。

 重江監督は前作の『さとにきたらええやん』で、大阪市西成区にある児童館「こどもの里」に密着するなど、以前から子どもの居場所をテーマにしてきた。「こんな場所、私が子どものときにはなかった」「私の子どもにもこんな場所があれば」。そんな感想が映画を見た人たちから寄せられたことから、「子どもの居場所でもう1本作品をつくりたい」と構想を抱きながら、当時、西野理事長が所長を務めていた夢パークを訪れたという。

 「公設民営でこれだけの規模で、子どもたちが安心して過ごせるスペシャルな場所はない」と、すっかり魅了された重江監督は、2019年の5月ごろから夢パークに足しげく通うようになる。最初の3カ月ほどはカメラを回さず、重江監督も子どもたちに交じって遊んだり、話をしたりしながら、ゆっくりと関係を築いていった。

 映画では、この場所を訪れるさまざまな子どもたちと同じ視点にカメラが置かれ、重江監督は彼らが語る言葉にじっくりと耳を傾ける。

 鳥が好きで、木片から鳥の姿を掘り出す「バードカービング」に挑戦しているミドリは「勉強そのものは嫌いじゃない。学校でノートに写すだけの勉強が嫌いだった」と、学校に行かない理由を説明する。

 子どもたちが出店をつくり、自前で用意した商品を販売する「こどもゆめ横丁」でミドリと一緒に店を作ったサワは、夢パークで木工に熱中したのをきっかけに宮大工の会社を見学。それ以来、くぎを使わないで組み立てる椅子づくりに挑むようになる。やっと1個目が完成すると「納得するまでやったらバージョンいくつまでいくんだろう」とため息をこぼすが、その表情には湧き上がる探究心を隠せない。

 そんな子どもたちの姿が、この映画の魅力でもある。

子どもたちにとっての「じかん」

 2001年に施行された川崎市子どもの権利に関する条例では、子どもたちが▽安心して生きる権利▽ありのままの自分でいる権利▽自分を守り、守られる権利▽自分を豊かにし、力づけられる権利▽自分で決める権利▽参加する権利▽個別の必要に応じて支援を受ける権利――を明文化。夢パークはそれを体現する公共施設として03年に誕生した。夢パークの入り口には、これらの権利が書かれた手書きの看板があり、来場者の目に真っ先に飛び込んでくる。

 昨年まで夢パークの所長を務めた西野理事長は「ここは子どもたちがやりたいと思ったことを、やりたいだけできる場所。誰かから与えてもらった楽しさを消費するのではなく、自分たちで遊びを次々に創り出す。主体は子ども。本当は大人もそれを求めているから、年間9万人もの人が訪れているのでは」と話す。

 西野理事長は、夢パークの所長に就任する前から「フリースペースたまりば」を運営し、不登校の子どもたちの居場所づくりや、川崎市の条例づくりに携わってきた。「日本は経済的に豊かな国かもしれないが、子どもの精神的な幸福度は先進国の中でも最低レベルで、10歳以上の子どもの死因で一番多いのは自死だ。子どもが幸せだと思えない、生まれてきてよかったと思えない社会で、学校に行けないというだけで『死んでしまいたい』と追い詰められる子どもがたくさんいる」と指摘する。その問題意識は、今も変わらない。

 「夢パークにいる大人は、子どもたちに肯定的なまなざしを向けている。それだけで子どもたちは、面白いと思うことを自分で探し出し、びっくりするほどの力を発揮できる。公教育も大事だが、学校以外の多様な学びがもっと地域にあっていい。しかもそれは無料でなければいけない。どんな家庭でも、どんな子どもでも来ていい場所にして、異年齢の子どもたちが交ざりあって夢パークという社会をつくっている」

 映画の撮影が佳境を迎えるにつれて、タイトルをどうするかが懸案になっていったという。重江監督や西野理事長らが議論していく中で出てきたのが「じかん」というキーワードだった。

映画のタイトルに込めた思いを語る重江監督

 なぜ平仮名にしたのか。その理由を重江監督は「時計の針が刻まれていく、管理される『時間』ではなくて、誰にも邪魔されず、思いきりいろいろなことができて、じっくり考えたり、ゆっくり成長していく。そうした、目に見えないけれど子どもにとってすごく大事なときを表現したくて『じかん』にした」と打ち明ける。

 ある意味で、その対極の「時間」が支配している場所が、学校なのかもしれない。「時間割があって、いろいろな規則があって、その全部が悪いとは思わないし、守らなければいけないルールもあるだろう。でも、こんなに子どもをがんじがらめにしているのは、きっとその方が、大人が楽だからでは」と重江監督は問い掛ける。

日本の大人に突き付けられる子どもの権利の本質

 くしくも今、国会では子どもの権利を明文化した理念法である「こども基本法案」が、こども家庭庁の設置と同時並行で議論されている。1994年に日本が子どもの権利条約に批准してから28年がたち、やっと法律が整備されることになるが、日本の社会では今もなお、子どもの権利に対する理解が十分に浸透しているとは言い難い。

 「日本では子どもの権利というと、子どもが権利ばかりを主張し、わがままになるといった誤解もある。そうではなくて、大人がしっかりと子どもの意思を尊重し、その声に耳を傾けられるかどうかが問われている。川崎市以外でも子どもの権利条例を定めた自治体はあるが、制定した後に、どれだけ子どもの声を聞いているだろうか。法律ができても、名ばかりになってしまっては意味がない」と重江監督。

 西野理事長も「子どもは生まれながらにして人格を持っているはずなのに、日本では大人になるまでは未熟な存在として扱われ、いろいろな我慢や苦労を強いられている。『権利を行使するより先に義務を果たすべきだ』という大人も多いが、子どもたちに権利があることを伝えると、他者の権利を考えられるようになる。自分の権利を守ることは、他者の権利を守ることでもある。そのことに子どもたちはちゃんと気付く力を持っている」と強調する。

 しかし、子どもの権利が軽視されがちな場所の一つが学校だ。国際NGOのセーブ・ザ・チルドレンが4月に公表した、教員を対象にした子どもの権利に関する認知度調査では、子どもの権利について「名前だけ知っている」「全く知らない」と答えた教員が合計で3割を占めるなど、課題が浮き彫りとなった。

 西野理事長は「かなりの割合で不登校の子どもたちは、安全で安心できて、楽しく学べるならば学校に行きたいと言う。でも、そうなっていないから行けずに苦しんでいる。この30年ほどで、学校に復帰させなければいけないという強迫観念は少しずつ薄らいできてはいるが、学校のシステムそのものは変わっていないのではないか」と問題提起する。

常に子どもたちの歓声が絶えない川崎市子ども夢パーク(同パーク提供)

 夢パークでは、子どもの権利を保障するためにスタッフの研修を重要視している。そう考えるわけを西野理事長は「もしスタッフが『上から目線』で子どもをばかにするような発言や態度で接したら、子どもたちは『ここは安全な場所じゃない』と空気で感じ取ってしまう。大人が遊びや生活を通じて、子どもを一人の人間として尊重していることで、子どもは自分の思いを大人に伝えられるようになる」と説明。

 「子どもの権利は、子どもが自分自身を守るものであるのと同時に、大人の姿勢が常に問われることになる。子どもと大人はパートナーとして、共に社会を構成していく市民だ」と力を込める。

 今年の5月5日で祝日としての「こどもの日」は65回目を迎えた。今、親や教師を含めた全ての大人たちに、子どもの権利の本質的な問いが突き付けられているのではないだろうか。

『ゆめパのじかん』
監督・撮影:重江良樹
構成・プロデューサー:大澤一生
編集:辻井潔
音楽:児玉奈央

7月から東京都中野区にある「ポレポレ東中野」を皮切りに全国順次ロードショー。詳しくは公式HPから確認できる。

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