【共に学ぶ】ディスレクシア 教室でひっそり困っている子

 学習障害の一つで、知的能力に遅れはないものの、文字を読むことに大きな困難があるディスレクシア。読字に困難があると、必然的に書字にも困難が生じるため、「発達性読み書き障害」とも言われている。保護者が気付いていても、「信じたくない」という気持ちから診断が遅れるケースや、周囲から「努力が足りない子」「勉強が苦手な子」などとみられ、何のサポートも受けられないまま苦しんでいるケースもある。「共に学ぶ」第11回では、小学校入学前にディスレクシアと分かった親子の葛藤と現状から、早期発見の重要性やICTを活用した支援の在り方を考えていく。

「もう少ししたら読めるようになるのではないか」

 東京都目黒区に住む青木悠子さん(仮名)は、長男の陽向(ひなた)君(仮名)が保育園の年長の時、ある違和感を覚えた。

 この子、文字が読めていないかもしれない――。

 保育園ではロッカーなどに、自分のものと分かるマークと平仮名の名前が表示されているが、どうやら陽向君はマークだけで識別しているようだった。

 そこで青木さんは「ひ」「な」「た」と一文字ずつ、大きく紙に書いたものを読ませてみた。しかし、陽向君は何度やってみても読めず、ついには「分からない!」と泣き出してしまった。「その時の嫌がりようが尋常ではなかった」と、青木さんは振り返る。

 4月から小学生になる陽向君にとって、文字が読めないことは大きなハンデになる。そう思った青木さんが目黒区教育委員会に相談したところ、まずは発達検査を受けてみることを勧められた。

 しかし、実際に発達検査を受けるまでには、2カ月ほど躊躇(ちゅうちょ)したという。「文字が読めないのは今だけかもしれない。もうちょっとしたら読めるようになるのではないか。頑張ればできるようになるのではないか……」と、その時の葛藤を明かす。

 悩んだ末にいくつかの発達検査を受けた結果、知的な遅れはないものの、「RAN(Rapid Automatized Naming)」という検査の数値が低く、「ディスレクシア」の可能性が高いと言われた。陽向君の場合、平仮名の読み書きに関して、小学2年生で困難になる可能性が82%など、具体的な数値も示された。

 青木さんは結果を聞いた時のことを「やっぱりそうだったのかと、最初は頭が真っ白になった。『これから先、受験はどうなるんだろう』などと、マイナスなことしか浮かんでこず、明るい未来が全く描けなかった」と話す。

 それから同区教委の臨床心理士のアドバイスを参考に、小学校入学までに家で一文字ずつ平仮名を読むトレーニングを重ねた。ただ、陽向君は「なんでこんなことやんなきゃいけないんだ! お姉ちゃんはこんなことやっていなかったのに」と泣いて嫌がった。「陽向の言う通りだなと思った。生きていくために必要だと言われても、まだよく理解できなかっただろう」とつらい胸の内を明かす。それでも毎日少しずつ取り組み、なんとか平仮名は読めるようになった。

先生からの花丸が学びのモチベーション
陽向君は小学校に入って、平仮名を書く宿題にも意欲的に取り組んでいる

 この4月から同区内の公立小学校に通う陽向君は、通常学級に在籍しながら、週に1~2時間は通級で指導を受けている。通常学級でも、担任が様子をチェックしやすいよう、教卓のすぐ近くの席にするなど、さまざまな合理的配慮がされているという。

 早速、平仮名を書く宿題も始まっているが、当初、青木さんは大きな不安を感じていた。2学年上の長女が1年生の時、ちょっとしたことにも「×」が付いたり、書き直しさせられたりする指導に疑問を持っていたという。「1年生の最初からとてもうまく書くことを求められていた。あれでは、ディスレクシアじゃない子でも自信をなくす」と指摘する。

 しかし、陽向君の宿題プリントには、担任からの花丸が目立つ。「先生が×は付けずに、良かったところに花丸を付けて戻してくれている」と青木さんはほっとした様子で話す。陽向君も「字が書けるようになった!」と日々、自信を付けていっている。

陽向君にとって担任からの花丸が学ぶモチベーションになっている

 「これはこうやって書くんだよと、目をキラキラさせてうれしそうに話してくれる。親が教えるとなると、こうはできない。先生からの花丸が学びのモチベーションになっていて、感謝しかない」と青木さんは顔をほころばせる。今後の当面の課題は漢字だ。「こうすれば読めるようになるという方法があるわけではない。通級の先生とも相談しながら、この子に合った形でやっていくしかない」と前を向く。

 最後に、先日の保護者会でのエピソードを話してくれた。青木さんはトップバッターで、「陽向は字が読めないディスレクシアです。お友達に助けてもらうこともあるかと思いますが、よろしくお願いします」とあいさつした。すると「実は、うちも……」と、他の保護者も次々といろいろなカミングアウトをしていったそうだ。

 「みんな、いろいろあるんだなぁと、その時、改めて感じた。障害に関わらず、誰にでも凹凸はある。誰もが障害や苦手なことをオープンにできるような社会にしていきたい」と青木さんは語る。

小学校低学年で気付くことが重要

 文科省が2012年12月に公表した「通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」では、知的発達に遅れはないものの、学習面で「読む」または「書く」ことに著しい困難を示す児童生徒の割合は2.4%と報告されている。

 ディスレクシアは親か教員が気付くことで発覚するケースがほとんどだ。35年前からディスレクシアの診断と治療を続ける国立成育医療研究センターの小枝達也副院長は、教員の認知度は高まってきているものの、「見落とされている子はまだまだ多い」と指摘する。「教員は『教えれば分かる』と思って教えている。だから、教えても読めないことを、なかなか理解できない。教室で目につきやすい注意欠陥多動性障害(ADHD)の子どもたちに比べると、教室の中でひっそりと困っているディスレクシアの子は、教員の気付きも遅くなる」と推測している。

 青木さん親子のように就学前に気付くケースはまれだが、小枝副院長は小学校低学年で気付くことが重要だとし、「通常学級の授業にまったくついていけなくなる前に、手を打たなければいけない」と強調する。診断基準として、小枝副院長らは12年に平仮名音読検査を確立しており、検査は発達障害の専門病院や、学校の教員が活用することもできる。診断後の音読指導プログラムとして「解読指導アプリ」「語彙指導アプリ」も開発し、無料で提供している。

 さらに小学校低学年の早期に発見し、支援につなげるRTI(Response To Intervention)モデルの「T式ひらがな音読支援」も開発済みで、取り入れる自治体も増えてきている。中でも鳥取市では14年度から導入しており、市内全小学校の1年生に、6月、10月、1月、2月の年4回、平仮名音読検査を行い、その都度、指導が必要な児童には個別に音読支援や語彙(ごい)指導を行っている。

継続して行われている「T式ひらがな音読支援」の取り組み結果(鳥取市教委提供)

 例えば、昨年度は1回目の6月の音読検査では、市内1502人の小学1年生の内、199人(13.2%)が要支援と判断され、「解読指導アプリ」を使って音読支援を行った。2回目の10月は178人(11.9%)が要支援となり、同様の支援を実施。3回目以降は希望校のみが検査を実施し、49人が要支援となり、アプリの活用など各校で熱心な支援が続いた結果、4回目は要支援が24人まで減少している。

早期発見と支援で良くなる子もいる

 鳥取市教育委員会事務局学校教育課の高橋由美子特別支援教育係長は「T式ひらがな音読支援に取り組んでいなければ、具体的な手だてを講じずに中学年、高学年になってしまっていただろう」と振り返る。1年生の時点で教員側が気付けることにより、通常学級でどういう授業づくりや声掛けをしていけばよいかを考え、実践することにもつながっている。

 鳥取市では1年生の最後の検査でも要支援となった児童に関しては、2年生以降、通級も活用しながら支援を続けている。また、今年度からは3年生段階でも支援が必要な児童に個別の指導計画を作成し、鳥取県で配置されている「LD等専門員」が学校を回って支援を継続していく。高橋係長は「なるべく早い段階でその子に合った学びにつなげていきたい」と力を込める。

 小枝副院長は、「教員に『字が読めない子はいませんか?』と聞くと、『いない』と言われる。でも、『読むのがとっても遅いし、よく間違える子はいませんか?』と聞くと、『いる』と答える。つまり、多くの場合、教員は詰まってでも読める子はそのままにしてしまっている。1年生のうちはそんなものと思うかもしれないが、1年生でそのような状態の子が、何も手を打たないで後々読めるようにはならない」と訴える。

 ディスレクシアの子は、表記された平仮名がどの読みに当たるのかが頭の中で「自動化」されないため、その自動化のところを丁寧に励ましながら練習することが大事だという。「何回も練習するうちに、文字になじむように読みを覚えていく。ディスレクシアは良くならないから無理をさせないようにと言われてきた子も多い。でも、早期に発見し、支援することで良くなっていく子は確実にいる」と強調する。

 小学生から診断がつき、周りの理解を得ることは、中学以降の合理的配慮や支援にもつながっていく。小枝副院長は、診断もつかずに、ずっと周囲が「できるはずだ」と指導し、苦しんでいる子どもたちをたくさん見てきたという。

 「みんなの前で読めないことは恥ずかしいから、この子たちは必死に、上手にカモフラージュする。だから、初めてのものを読ませることをしないと、なかなか気付けない。教員は、そういう子がいるということをまず知って、そういう目で一人一人を丁寧に見て、どうか早く気付いてあげてほしい」

1人1台端末への期待と課題

 昨年度、GIGAスクール構想により全国の小中学校に1人1台端末が導入され、ディスレクシアの子にとっても、通常学級でも対応できる支援の広がりが期待されている。学習者用デジタル教科書も24年度から本格導入が検討されており、通常学級でも読み上げ機能を使って教科書を「耳で聞いて読む」ことなどが容易になる。

 長年、障害のある児童生徒の学習支援を研究している東京大学先端科学技術研究センターの近藤武夫教授は、ディスレクシアの子の学びを保障するために、他の児童生徒と同じ方法で読み書きができるよう練習することだけでなく、音声読み上げ機能やキーボード入力などの「他の児童生徒とは別の方法でも学べる・評価される」アプローチが必要だと強調する。「両方の選択肢がないと、その子の学びは保障されない。ICTはそのために非常に有効なツールだ」と語る。

学校でのICTを利用した読み書き支援の在り方(近藤教授提供)

 近藤教授は、1人1台端末が導入されたことに「希望は感じている」と評価する一方で、「パソコンが入れば状況が一変するかというと、そうではない」とくぎを刺す。「便利な機能が『存在する』ことと、それが『使える(どの場面でも使用が認められる)』ことは違う。子どものニーズに合わせた機能が“使えて当たり前”の授業運用をするには、いまだに大きな壁があるのではないか」と厳しい目を向ける。

 「例えば、通常の学級で、他の児童生徒が紙と鉛筆のテストを受けているときに、一人だけタブレットでテストを受ける状況をどう許容してよいか分からない学校や教員は多い」と指摘する。「授業のユニバーサルデザインとは、一人だけ学習スタイルが違う子がいても、それを包摂できる教育現場ということ。これはまだ一部でしか実現されていない」と話す。

子どもの興味関心からICT支援につなげる

 日本の学校ではこれまで長く分離教育が行われてきた背景もあり、近藤教授は「個々の教員の問題とすべきではないし、熱心な教員の努力だけに押し付けるべきではない。これは、学校システムや地域が解決すべき問題だ」と指摘する。

 近藤教授らは、読むことに困難があり、特別支援を必要とする児童生徒のためのオンライン図書館「AccessReading」を運用し、全国の学校で使われている教科書を電子化するなどしている。ディスレクシアの子にとって、「音声教材」と呼ばれるこうした便利なコンテンツが徐々に増えてきているにも関わらず、スムーズに入手して教室で使えるようにする体制が整っていない学校も多い。教員や本人、保護者が容易に入手して使えるように、教員や学校を支えていく地域の仕組みづくりが今後の課題だ。

 また、ICTを活用していく上での注意点として、「教員から一方的に『あなたにはこの機能が必要だから使いなさい』と指示するべきではない」とアドバイスを送る。「子どもの視点に立てば、これまで先生や親に言われた読み書きの練習をしてもうまく読めるようにならなかったのに、また別の方法でやれと言われても、すぐには信じられないのは当然のこと」と指摘する。

 ではどうすればいいのか。近藤教授は、まず「君は何をやりたいの?」「どんなことが好きなの?」と聞くことからスタートしている。

 例えば、「パイロットになるために航空学校に行きたい」という子がいたとする。しかし、「自分は教科書も読めないし、受験勉強は無理だろうな」と壁を感じている。そこで、その壁を乗り越える手段として、「じゃあ、パソコンに読み上げ機能というのがあるのだけど、使ってみない?」と伝える。ICTは強制的に使わせられるものではなく、自らが学ぶ目標を助ける手段だと、本人も納得することが重要だという。

 近藤教授は「1人1台端末という大きな武器は手に入った。教室には、他の児童生徒と違う学び方を認めてくれれば学べる子が、まだ相当数いる。その子が学びたいことや達成したい目標のために、ICTを有効活用してほしい」と呼び掛ける。

(松井聡美)

本企画「共に学ぶ」では毎回さまざまな角度から、学びから取り残されてしまっているかもしれない当事者の視点に立って見える学校の風景を描写するとともに、考える材料を提供していきます。

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