金融教育どう教える 元銀行員教師「主体的な思考が大切」

 学習指導要領が改定され、今年度から高校生向けの金融教育がスタートした。お金にまつわる知識を身に付けることが目的とされるが、日本の金融リテラシー教育は欧米に比べ立ち遅れが目立ち、金融や経済の分野になじみが薄い教師も少なくない。学校現場でどのように教えればいいのか。日本政策投資銀行の銀行員として第一線で働いていた経験をもち、現在は東京都内の高校で公共と政治・経済を担当するフリーの非常勤講師、羽田良之さんにコツや具体例を聞いた。

――高校の家庭科や公民科で拡充される金融教育は、これまでの授業とどのように内容が変わるのでしょうか。どのくらい時間をかけて行われるのでしょうか。

元銀行員でフリーランスの非常勤講師、羽田良之さん

 金融教育の導入について、新学習指導要領には、民法改正で成人年齢が18歳に引き下げられたことが理由と書かれています。契約の重要性や消費者保護などについて、早くから学ぶ必要が出てきたということです。広い意味での主権者教育の一環として、自分で判断して契約行為なり資産形成をやっていけるような力を身に付けてほしいと思います。

 世間で大きく取り上げられているので、新しく独立した単元ができるのではと思う人がいるかもしれませんが、そうではありません。では何が変わったかというと、例えば、家庭科では保険や株式、債券、投資信託などについてのメリットやデメリットを考えたり、将来のライフステージを思い描いたりして、その実現に必要な資産形成の仕組みなどを学ぶことになります。公民では、フィンテックや仮想通貨も初めて学習指導要領で言及されました。授業でかける時間は決まっていないので、先生によって時間のかけ方は変わってくると思います。

――授業では具体的にどんなことを教えることになるのですか。

 家庭科では家計管理とかライフプランニングなど。公民科では、経済や金融と関連付けて資産運用に伴うリスクとリターンなどを学びます。身近な事例をもとに学ぶのが分かりやすいので、私の授業では、生徒が近い将来経験するであろうアルバイトを引き合いに出すことがあります。例となる給与明細を出して、時給×時間で出した税引き前の金額と、税金などを差し引いた後の金額を比較し、給与と税の仕組みを理解するなどです。またアルバイトに関しては、お店でお皿を割ってしまい、給与から差し引くと言われた事例や、必要な休憩を与えられないことは違法であるなど、労働問題と関連付けて学ぶのもいいかもしれません。

 株式の授業では、世界や日本の株式の「時価総額ランキング」などを使ったりします。例えば、日本と世界のトップ10をそれぞれ表にして示す際、会社名は出さずに会社の所在地と国名だけを表示し、あとは空欄にします。その空欄部分がどんな会社かを当てさせるのです。

 所在地が米国で、株式の時価総額が世界トップはどこかといえば、「アップル」が正解です。日本だと「トヨタ」になります。スマホや自動車は生徒にとっても身近な存在です。実は最近、トップがサウジアラビアの石油会社と入れ替わったのですが、「逆転した理由は何だろう?」と振って、昨今の米国での金利の上昇や石油価格の高騰に話題を移すこともできます。バブル期だった1980年代のランキングと比較すると面白いかもしれません。世界ランキングの上位を日本企業が独占していましたから、生徒は驚くでしょう。

 つい先日の授業では、「うまい棒」を教材に使いました。最近、40数年ぶりに10円から12円に単価が値上がりしたのですが、その話題をもとに「なぜ値上げしたか分かる人?」と尋ねてみる。それをきっかけに、原材料の値上げやインフラについて考えたり、そもそもなぜ日本銀行はインフレ率2%を目指しているのか、企業業績と会社で働く社員の給料そして経済全般の話へと発展させたりする。コンビニを利用する消費者でもある生徒は、そうやってなじみの薄い会社や企業の仕組みを学ぶことができます。

 新卒で先生になったばかりの若手は金融教育を教えるのが苦手だと聞くことがありますが、先生も一消費者ですし、給与所得者でもある。自信をもってまずはそこから始めてはいかがでしょうか。

――金融教育を通じて、生徒に何を学びとってもらいたいと考えていますか。マネーリテラシーが高まると、どんな効果や成果が期待できるでしょうか。

 学んでほしいのは、自分の頭で考え判断して、主体的に行動する力を身に付けるということです。これまでの時代は、学校を卒業して会社に入って勤めていると、税金の納付は源泉徴収になっており厚生年金も充実していて、あまり深く考えなくても定年を迎えることができました。ところが、もはや会社におんぶにだっこの時代ではありません。自分で考えて行動する機会が増えています。会社や政府に頼るんじゃなくて、自分でやっていくんだと考えることで、いろいろなことがいい方向に変わっていくと思います。

 大学に入学したての18歳や19歳の学生を狙った詐欺も増えています。クレジットカードを作ったり契約行為ができたりする年齢が引き下げられたことで生じているリスクがある、ということも学んでほしいと考えています。

――教師が授業で金融教育をする際、どんな課題や問題に注意する必要がありますか。

 まず注意しなければならないのは、教師がどんなトーンで話すのかということです。金融商品などよく分からないものに対して、怖いものだと言ってしまいがちですが、先入観で教えるのはよくありません。メリット・デメリットを押さえた上で、うまく付き合って資産形成に役立てるという姿勢が大切でしょう。教師が不安を感じているとそれは生徒に伝わってしまいます。

 終身雇用の時代ではなく、公的資金だけに頼って生きられるかどうかもよく見通せない時代です。何もしないで資産を銀行に預け続けるには、銀行の利率はあまりにも低い。だとすれば、自分でリスクを見極めた上で自分に合ったリターンを得るということを、能動的にやっていく必要があると思います。そのためにも不安をあおってはいけません。

 一方で、過度な自己責任論に陥るのもよくないと考えています。少し前に金融庁の審議会報告書を基にした「老後2000万円問題」というのがありました。若いうちから長期的な資産形成をするべきとのメッセージが誤解され、政府はもう国民の面倒を見ないんだとか、守ってくれないんだとかという誤解が広まってしまいました。

 教師が学校でこうした自己責任論を口にしてしまうと、やがて「勝ち組・負け組」の議論につながってしまいがちです。金融教育の目的は、あくまでも自分の人生を豊かに過ごすために選択肢を増やすことにあります。これからの日本は危ないから自分の身は自分で守れ、というような教え方は生徒をすくませてしまいます。

 金融リテラシーを高めるための教育は、欧州各国では早期から導入されています。その目的を自分の資産を守るためと捉えてしまうと、高福祉国家で金融教育が盛んである理由が説明できなくなります。そうではなく、自分で考えて判断する力を身に付けるという大きな目的意識が重要だと考えています。

(谷田邦一)

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