【ウクライナと学ぶ】 ウクライナ人家族と自由学園の交流

 ロシア軍によるウクライナへの侵攻が始まってから約4カ月。日々さまざまなニュースが飛び込んでくる中で、日本の学校現場で何ができるのだろうか。ウクライナの人々の声に耳を傾けながら、教育の役割や可能性をシリーズで探る。第1回は、東京都東久留米市にある自由学園の生徒とウクライナ人家族の交流から、遠い国の出来事をいかに自分事として捉えるかを考える。

「忘れないことが支援になる」

 にわか雨が地面をたたきつける音だけが、会場に響き渡っていた。

 「国連は690万人以上の人がウクライナから脱出したと伝えている。脱出してきた人は、自分たちの生活を全て置き去りにしてきた。もしも今日、この戦争が終わったとしても、すぐには元に戻らない」

 スライドに次々と映し出されるウクライナの戦禍の写真に、どの生徒も息をのんだ。

 6月10日、自由学園では中等科・高等科の男子部、女子部の全生徒を集め、2000年から日本で暮らしているウクライナ人のテチャーナ・ソロツカさんとその家族を招いての講演会が開かれた。

 「(ウクライナ南東部にある都市の)マリウポリでは2月24日の侵攻からロシア軍に占領されるまで、絶え間なく爆撃が続き、学校や住宅、病院が破壊された。損傷を受けていない建物は一つもないと言われている。戦争になる前、ここには45万人が住んでいた。重要なのは、これらの建物は空っぽだったわけではないということ。そこで暮らしていた人、避難できなかった人が大勢犠牲になった」

講演後、質問にきた生徒と対話するバレリアさん

 テチャーナさんの娘で、共に日本で会社員として働く姉のイリーナさんと妹のバレリアさんは、ソ連時代にウクライナの文化や言語が抑圧を受け、ホロドモールと呼ばれる強制的な農業政策による人為的な飢餓が原因で多くの人が犠牲になった歴史をはじめ、ロシア軍から攻撃を受けた都市の現状を、ウクライナの立場から説明していった。

 講演の終盤、バレリアさんは「ウクライナ人はこの戦いに勝つしかないという『マインドセット』だ。ロシアが戦うのをやめれば戦争は終わるが、ウクライナが戦うのをやめれば、止まるのはウクライナの存在そのものだ」と強調。「ニュースの量が少なくなったからといって、決して戦況が落ち着いたわけではない。ウクライナの情報を探してSNSで広げ続けることでも、ウクライナのサポートができる。今起きている戦争のことじゃなくても、歴史や文化、音楽を広げたり、ウクライナ語をちょっと学んでみたりするだけでもいい。ウクライナのことを忘れないことが支援になる」と生徒に呼び掛けた。

募金活動に立ち上がった生徒

 この講演会のきっかけとなったのは、女子部の生徒が有志で始めた募金活動だ。ロシア軍による侵攻が始まった直後、卒業間近だった女子部高等科3年生の生徒が発案し、3月に自由学園の最寄り駅である西武池袋線のひばりヶ丘駅で街頭募金を行った。そして、それを4月以降も中等部2年生の渡部小暖(こはる)さんらが引き継いで、5月23~28日にも実施。募金活動をするために必要な申請書づくりなども全て生徒らが行い、3月と5月の募金活動で合わせて約120万円の寄付金を集め、ユニセフに送った。

生徒による募金活動。テチャーナさん(左)も応援に駆け付けた(自由学園提供)

 渡部さんは「募金活動をしている中で『この募金活動は、ウクライナに加担することになるのではないか』と指摘されたこともあった。でも、これは国と国の問題というよりも、私たちと同じ人間が、その人は何も悪くないのに無差別に殺されていることに目を向けるべきだ。寄付によってこの悲惨な状況が少しでも良くなるのならと考えた」と振り返る。

 こうした生徒の取り組みを受けて、更科幸一副学園長・女子部校長はウクライナの人たちから直接話を聞ける場を設けたいと考えた。しかし、肝心のウクライナ人のつてがない。そのため、ウクライナ料理の専門店をはじめ、思い付く限りさまざまな場所を片っ端に探し回ったという。そして、川崎市で行われていたトークイベントでテチャーナさんと出会い、その場で打診をしたところ、テチャーナさんは二つ返事で了承。この日の講演会が実現した。

 日本人にとって、ウクライナの現状を身近な問題として捉えるのは難しい。「人間は想像することができる。今の日本が焼け野原になったところを想像して、自分がどうしてほしいかを考えたら、できることはいろいろ考えられるのではないか。今日の講演で、なぜ今こんなことが起こっているのか、その理由が分かった」と渡部さん。秋に予定している次回の募金は、講演会の中でイリーナさんが教えてくれた「日本ウクライナ友好協会(KRAIANY)」に送ることにしたそうだ。

 更科校長は「ウクライナで起きている問題を自分事にすることが講演会の一番の目的だったが、これでもまだ自分事にするのは難しいと感じた。少しでも相手のことをおもんばかれるようになってほしい。そういう種まきを始めたい」と話す。

生徒が興味を持ったことから接点を

 講演会の後、テチャーナさんたちが応接室で記者から取材を受けていると、エプロン姿の生徒たちが訪ねてきた。手にしていたのは自由学園の菜園で採れたばかりの、きれいな赤紫色をした根菜のビーツ。実は講演会の質疑の中で、農業が盛んなウクライナでは、料理にビーツがよく使われていることをテチャーナさんが紹介していたのだ。その話を聞いた生徒はたまたまビーツが収穫時期を迎えていることを思い出し、プレゼントで渡そうと大急ぎで準備したという。

ソロツカさん一家にビーツを手渡す生徒ら

 それを受け取りながら、うれしそうな表情を浮かべるテチャーナさんたちに、日本の学校でウクライナの現状をどう教えたらいいかと尋ねてみた。

 「この学校では、育てたビーツを使って生徒が昼食を作ると聞いた。興味があれば、ぜひこれでウクライナの料理をつくってみてほしい。アートを大事にしている学校であればアートでもいい。できることは学校によって変わると思う。生徒が興味を持ったことで、学校ができることを試してみてほしい」と姉のイリーナさん。さらに、日本での生活も長いテチャーナさんは、こんなことを語ってくれた。

 「意外と日本とウクライナは、文化や歴史で似ているところがある。日本は米、ウクライナは小麦が主食だけれど、米と小麦の育ち方の違いや似ているところを比べてみたら、驚きもあるのでは」

 どんなことでもいいから、ウクライナと私たちとの接点を見つけること。まずはそこから、ウクライナの問題との対峙(たいじ)が始まるのかもしれない。

(藤井孝良)

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