「こども家庭庁、こども基本法が問い掛けているもの」 末冨芳教授

「こども家庭庁、こども基本法が問い掛けているもの」  末冨芳教授
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 国会で6月15日に成立した「こども家庭庁設置法」と「こども基本法」。少子化が進むわが国で、子供子育てを施策の中心に据えるこども家庭庁の発足と、子供を個々人として尊重してさまざまな権利を保障したこども基本法の意義は大きい。両法が今後どう生かされていくのか、長らく子供の人権擁護の問題に取り組んできた日本大学文理学部教授、末冨芳氏に寄稿してもらった。

 第208国会は、今後、教科書に掲載されるべき「子ども国会」といえる。

 子どもの権利を国内法として位置付けた「こども基本法」の成立、そして子ども・若者に関する施策の司令塔機能を担う「こども家庭庁」の設置は、子どもにとっても学校・教員にとっても多くの良い変化を引き起こしていくことが期待されるからである。

末冨芳日本大学文理学部教授 
末冨芳日本大学文理学部教授 

 こども基本法では、子どもを権利の主体と位置付けた理念法の部分が、教育政策にとっても極めて重要な意味を持つ。こども基本法に位置付けられた子どもの権利とは、児童の権利条約で最も重要とされる4つの一般原則に基づいている。

 私はその内容について、こども基本法の対象である子どもたちにも分かるように、このように説明している。

 「こどもが権利の主体として位置付けられています」「こどもは18歳で区切られていません。『心身の発達の過程にある者』と、若者の権利も大切にする法律になっています」「こどもには生きる権利、育つ権利、守られる権利、そして愛される権利があります」「こどもが自分に関係する全てのことやさまざまな社会活動に意見を述べ、参画する権利があります」「大人も、こどもの最善の利益を優先して考え、こどもの意見を尊重することも決められています」。

 学校は「こども基本法は守らなくていいのではないか、教育基本法があるのだから」というような認識は、改めなければならない。教育基本法にも、こども基本法にも、「日本国憲法の精神にのっとる」ことが明記されている。そして日本国憲法では第11条には子どもを含む国民の基本的人権の尊重を規定しており、もともと教育においても子どもの権利は尊重され実現されるべきものである。

 にもかかわらず、あえて子どもの権利が、こども基本法として立法されなければならなかったのは、いじめ・不登校や児童虐待など、学校を含めた場で子どもの人権・権利が深刻な危機にあるという状況が、国会議員や研究者・支援団体などの間で共有されたためである。

 こども基本法は議員立法として国会提出され、与野党(自由民主党・公明党・立憲民主党・国民民主党・日本維新の会)が賛成して可決された。超党派でこども基本法に賛成した背景には、子どもを取り巻く深刻な状況がある。それはこども基本法の衆議院附帯決議を見れば明らかである。参議院も同様の附帯決議を行っている。

 「こども施策の実施に当たっては、いじめ、不登校、自殺、虐待等、こどもを取り巻く状況が深刻化していることを踏まえ、全てのこどもの生存と安全、教育を受ける権利等の保障に万全を期すこと。また、教育およびこどもの福祉に係る施策のより一層の連携確保を図ること」とされている。

 こども家庭庁については、「こどもの年齢及び発達の程度に応じ、その意見を尊重し、その最善の利益を優先して考慮することを基本とし」、子ども政策に関する「総合調整」や文科省を含む「関係行政機関の長に対し、資料の提出、説明その他必要な協力を求めることができる」とされている。他省より一段高い立場から、子ども自身の人権・権利や最善の利益の実現のための施策を行うことになる。衆議院附帯決議には「こどもの教育に関しては、こども施策に関する総合調整機能を担うこども家庭庁と教育行政を司る文科省との緊密な連携の確保を図ること」と明記されており、子どもの人権・権利の擁護と推進について、教育行政や学校が不信の対象となっていることが把握される。

 とくにいじめ対策については、こども家庭庁設置法第17条に「いじめの防止等に関する相談の体制その他の地域における体制の整備に関すること」が、同庁の役割として明記された。学校・教育委員会による、いじめ隠蔽(いんぺい)は今以上に厳しい規制や処分の対象となっていくことも予想される。反面、教育委員会・学校で抱え込まざるを得なかったいじめ相談や、被害者ケア、加害者アプローチなどについて、こども家庭庁の主導性のもと自治体や関係機関や専門的支援体制が整備されていくことも期待される。

 また、こども家庭庁もこども基本法でも、子どもの意見の表明と尊重が明記されており、国・地方自治体では、政策立案等に際し、子ども若者の意見表明や参画が進展していくものと予測される。学校のみが子ども若者の意見表明や参画を重視する活動を軽視し続けることが許容されうるか、ここまで読み進めてきた読者諸氏にはご理解いただけたのではないだろうか。

 こども家庭庁、こども基本法ともに、課題は財源である。子どもを支える人材を、教員以外にも確保し、子どもの人権や意見を尊重し、最善の利益を実現していく専門性の高い人材を、地域にも学校にも増やす前提条件である。

 学校こそ子どもの権利を尊重し、実現していく場になれるか、それはこれからの公教育システムにおいて学校という場が生き残れるかの重要な岐路になると、私は捉えている。

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