民主主義の危機に教育は 冷静に吟味する時間を学校で

 奈良市内で選挙演説中の安倍晋三元首相が襲撃され、命を落とす事件が起きた。民主主義の危機が叫ばれる中で参院選の投開票は行われたが、教師は学校でこの事件にどう触れるべきだろうか。外部と協力し、斬新な主権者教育や法教育の実践を重ねている大畑方人(まさと)ドルトン東京学園中等部教諭に聞いた。大畑教諭は「一番よくないのは、単に安倍元首相の存在を美化してしまうことや、タブー視して授業で取り上げようとしないことだ。冷静に吟味(ぎんみ)する時間を学校が作る必要がある」と、今、学校でこの事件を取り上げる重要性を強調する。

 「私はあなたの意見には反対だ。だがあなたがそれを主張する権利は命を懸けて守る」

取材に応じた大畑教諭(2018年7月撮影)撮影

 事件が報じられてから大畑教諭が真っ先に思い浮かべたのが、フランスの哲学者ヴォルテールが残したこの言葉だったという。「今回の出来事の背景を分析した情報はまだ少ないので、事件そのものを掘り下げることは、今はまだ難しいと思う。しかし、今回の事件を踏まえて、民主主義の根幹である言論の自由の大切さ、そして、それを封殺することは許されるべきではないというのが、生徒たちに第一に伝えたいメッセージだ」と語る。

 一方で、事件発生直後からの報道の在り方に疑問の声も上がっている。大畑教諭は「生徒には選挙の後に伝えることになってしまうが」と断った上で、「選挙の直前にこういった事件が起きてしまった。国民としては、安倍元首相が銃撃された事件についての詳しい内容を知りたい。メディアも事件ばかりを取り上げて、まさに国民もくぎ付けになっている側面があると思う。ただ、国民が知りたいことと、選挙の前に知るべきことはまた別だ。今回の参院選は衆院の解散がなければ今後3年間の政権運営に大きく影響を与える選挙。それを理解した上で、どのような政策や社会像を各政党が展望しているのか。そういった、本来1票を投じる国民として知っておくべき情報が伝わりにくくなっている」と指摘。

 「『本来すべきことは何なのかを考えるということ、そして、何ができるのかをしっかりと意識することが今回の選挙で問われたんだよね』と、生徒に語り掛けようと思っている」と打ち明ける。

 また、SNSによってさまざまな情報や言説が氾濫しているこの状況に、大畑教諭は「生徒はSNSでいろいろな情報に接することになるが、自分の見たいものしか見なくなっていく『フィルターバブル』のような作用が働くと、自分の考えとは違う考えに触れる機会がなくなって、どんどん自分の考えに近い情報ばかりが増幅され、結果的に他者に対する寛容さを失わせることになりかねない。今回の事件はそれを増長しかねない。だからこそ、一歩引いて捉えることがメディアリテラシーとしても重要だ」と警鐘を鳴らす。

 では、この事件を授業でどのように取り上げたらよいのだろうか。

 大畑教諭は「防衛費の増額やニュークリア・シェアリング(核共有)などの安倍元首相の主張や、安保関連法、特定秘密保護法といった、安倍内閣の政策の中でも賛否の分かれるものを扱うときは特に気を付けて、多様な見方を提示していくようにしたい。そういう教材をしっかり用意した上で授業に臨む必要がある」とポイントを強調。「一番よくないのは、単に安倍元首相の存在を美化してしまうことや、タブー視して授業で取り上げようとしないことだ。冷静に吟味する時間を学校が作る必要がある」と話す。

 その上で、「日本でも戦前は原敬首相の暗殺や浜口雄幸首相が襲撃される事件があり、戦後も日本社会党の浅沼稲次郎書記長が演説中に刺殺されたり、伊藤一長長崎市長が市長選の中で銃弾に倒れたりしている。そういう困難を乗り越えてきたこれまでの民主主義の歩みの中に、今回の事件も位置付けて振り返っていくことが、将来的には必要になるだろう」との見方も示し、近現代の歴史教育でどう考えるかも課題に挙げる。

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