【個別最適な学びに挑む】教師に問われる力 奈須教授に聞く

 子供たちの多様化などを背景に、これまで草の根で脈々と続けられてきた「個別最適な学び」が今、改めて注目を浴びている。現在、中教審の「個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実に向けた学校教育の在り方に関する特別部会」の委員を務め、山形県天童市立天童中部小学校の「マイプラン学習」などの導入にも関わった上智大学総合人間科学部教育学科の奈須正裕教授は、個別最適な学びに取り組むことで、一斉指導ではなかなか見えなかった子供一人一人の学びの姿が浮き彫りになると話す。さらに個別最適な学びを実践する上では、教科内容の系統的な理解といった教師の基礎力が、改めて問われてくると指摘する。

個別最適な学びでは、子供たちが本当によく見える

――2021年1月の中教審答申で「個別最適な学び」がフォーカスされました。

 個別学習や個別指導の取り組みは、少数派ではあるものの草の根で、脈々と続けられてきました。自由進度学習で知られる愛知県の東浦町立緒川(おがわ)小学校などはその典型で、僕らも学生時代からそうした学校に通って勉強したものです。だから、決して新しい概念ではありません。今回、中教審で改めて注目された背景には、子供の多様性の高まりがあるのだと思います。

個別最適な学びに関する中教審特別部会の委員を務める、上智大学の奈須教授

 日本の学校では、障害のある子や不登校の子への対応は従来からある程度はなされてきたものの、生きづらさを抱えた子や、才能があるがゆえにつらい思いをしている子などに対しては、とても冷淡だったのではないかと感じます。グローバル化が進み、多様な文化的背景を持つ子も増えています。

 日本の学校は低い教育予算で、非常に質の高い学級単位の一斉指導を実現しており、学校現場にはそのノウハウも、自負もあります。しかしそのやり方で、常に一定数の子供たちには申し訳ないことをしてきたと思うのです。経産省の「未来の教室」実証事業の提言で「学びの個別化」というキーワードが出てきたということは、これまでの教育を前提としていない人は当然、そういうところに目が行く時代になった、ということなのではないでしょうか。

 さらに、1人1台のICT端末が整備されたことも大きいように思います。これまで教師が教えなければいけなかったのは結局、子供たちが自分で学ぼうとしても、一人一人が知識や情報にアクセスする手だてがなかったからです。だから仕方なく、教師が整理して分かりやすく提示する必要があったわけです。

 でも今は、6歳の子供にまでGIGAスクール端末が行き渡っています。端末やデジタルの資料、図鑑などを使って、子供たちが一人一人、勉強したり考えたりできるようになりました。それならば、子供に委ねてみればよいのです。教師が「情報や知識を使って、こんなふうに考えるんだよ」と日々の授業で伝えていくことで、子供が学校を離れ、教師の手を離れても、自分で学び続けられるようになっていきます。

 ただ、現場の先生はそのことにあまり気付いていないようにも感じます。GIGAスクールの端末に「使いにくい」とか「使わなくてもいい」「かえってうまくいかない」といった声が出てくるのは、これまで通りの授業をしながらICTをどう使うかを考えているからで、本来は授業や学習のモデル自体を変えなければいけない、と自覚する必要があるのです。

――授業や学習のモデルを変える、とは。

 一斉指導の「効率がよい」というのは、「指導効率」や「経費効率」がよいというだけで、子供たちの「学習効率」がよいわけではありません。明治時代の80人学級では、優秀な人材だけが残り、できない子は消えていくしかありませんでした。そこで教師が一斉指導の質を改善し、全員ができるようにと工夫を重ねてきたのは確かです。しかし子供の数が減り、多様化が進む現在、同じような一斉指導だけを続けていて、果たして子供は幸せに学べるでしょうか。

 子供たちの前に立って授業をしながら、子供たち一人一人を見るというのは、ベテランでも難しいのです。一斉指導スタイルの研究授業で、参観をしている教師には子供たちの動きが本当によく見えるのだけれど、授業をやっている本人には全然見えていないということはままあります。一番前の席の子がノートをバーンと広げて落書きをしているのも、教室の隅の方にいる子が手を挙げているのも案外、視野に入っていない。

 もちろん一人一人を見よう、その子に合った関わりをしていこうという意識は教師の側にもあるし、ノウハウもあります。とりわけ最近の若い先生は優しくて、親身になってあげられる。けれど一斉指導をしていると、どうしても「授業を進めなきゃいけない」と思ってしまうから、子供たちをどんどん取りこぼしてしまうのです。個別最適な学びの実践で、教師が前に立たない授業をしてみると、教師は見取りと支援に徹することができるので、子供たちが本当によく見える。その意味で、時に手を放して子供に委ねるのは大事なことです。

――これまで一斉指導が中心で、「個別最適な学び」を経験したことがない教員もいます。

 小学校の教師なら、すでに「個別最適な学び」を経験している人も多いはずです。例えば「図工」では、最初こそ教師が題材や進め方の説明をしますが、子供が作業に取り掛かってしまえば、2時間目や3時間目には、一人一人の状態が全く違います。これはれっきとした「個別最適な学び」です。

 ですから、本来なら自由に作業を始めて、自由に終わればよいのですが、「どこかで最後にまとめないと、授業にならない」と思っている先生も少なくないようです。そういう先生は授業の最後に何人かの子供に話をさせて、工夫などを聞くのですが、それが他の子にどれだけ響いているのか、疑問に思うことも少なくありません。

 僕がそれを見て「やめてごらん」と言ったら、「それだと、授業にならない気がする」と答える。「それでは、授業って何?」と尋ねていくと、結局「私が安心できないから」と言うのです。確かに教師は安心するかもしれないけれど、子供にとっては、授業時間いっぱいまで造形活動に専念した方がいいかもしれません。

 これは深刻な問題です。授業はみんながそろってやるものだと思い込んでいて、子供たち一人一人に何が起きているかを知らない。一人一人の限られた時間を、存分に意味のあるものとして使わせる気がない。一人一人の子供の多様で、個性的で、切実な学びの姿を見ていないし、見る気もない、それが大事だとも思っていない。結局のところ、「教師が何をしたか」を「授業」と呼んでいるのですから。

 何も全ての授業で個別最適のやり方を取るべきだ、と言いたいわけではありません。一部で導入するだけでも、子供たちの学びは大きく変わってきます。

教科書をなぞるだけの自転車操業ではできない

――では、何から始めればよいのでしょうか。

 とにかく、実践を見に行くのが一番です。食べたことのない料理があったら、やはり食べに行くのがいい。料理のレシピを手にしても、食べたことも見たこともない料理はなかなか作れませんからね。ただ、それまで一斉指導しかやってこなかった人が、実際に個別最適な学びに取り組もうとすると、やはりズレが起きるのは確かです。中東の人にいきなり日本料理のレシピを渡して作らせても、中東料理のベースで作り始めてしまうのと同じです。

 そういう先生が個別最適な学びをしようとしても、すぐに「最後は、学級全体で共有するんですよね」などと質問してきます。しないと答えると、「なぜですか。もったいないじゃないですか」と言われる、そういうことはよくあります。暗黙に持っている前提条件が違うので、仕方がない。本を読んだだけでやろうとしても、これまでの経験にひきずられて、上手に勘違いしてしまうことはたくさんあります。

 山形市や天童市などでは、近隣の小学校の教師が互いに相談しながら、個別最適な学びに取り組んでいます。「こうやって作ったんだけど、うまくいかない」「違うよ、こうするんだよ」などとやりとりしながら考えていく過程も、とても大切です。先生たちは、一度うまくいけばすぐにできるんです。そして、校内のどこかの学年でうまくいけば、みんなができるようになるんですよ。

――個別最適な学びを実現するには、教師にどんな力が必要になるのでしょうか。

 これは個別最適な学びに限ったことではありませんが、教科内容や教材に対する研究は当然、大事になってきます。日本の教科書は世界でも類を見ないほどよくできていて、1時間で見開き2ページの一斉指導ができるようになっているので、「単元」という発想がないまま自転車操業的に授業をしている教師が、実はとても多いのです。「教科書見開き5ページ分」といったイメージはあっても、単元全体でどういう学習をするか、前後の学年との関連でどういう位置付けになっているかは、案外分かっていない。

 教科書はそのあたりも考慮して作られているので、何も考えずに「今日の見開き2ページ」で授業をしても、そこそこできてしまいますし、子供たちもそこそこ学べてしまいます。ただ、これでは応用が利かない。教科書をアレンジして使おうとすると、全体での位置付けや前後の学年との関係が分かっていないのに、一部だけを変えようとして、めちゃくちゃになってしまうことがあります。いわば料理のレシピの中で、何も考えずに「ここでしょうゆを、マヨネーズに変えてみよう」というようなもの。全体の手順や材料の中で、「なぜここでしょうゆなのか」を理解していないまま、マヨネーズに変えてはだめなのです。

――教科内容や教材の研究がいっそう重要になる、と。

 個別最適な学びでは、教科書をベースに授業をするとしても、そこから一人一人がワークシートや、学習の手引きを作っていきます。教科書のページがなぜ、そのように作られているのかを理解していないと、これができません。

 一斉指導の時のように教科書をそのまま使うことはできないので、学習指導要領やその解説書を見たり、複数の教科書を見比べたりした上で、子供たちが学ぶために必要な情報や問いなどを、ワークシートに落とし込んでいく作業が必要となります。こうした作業を続けていくと、教科内容の系統の理解や、1年間のカリキュラム・マネジメントの力量はぐんと上がりますし、いろいろな教材の可能性を見いだすこともできます。

 これは、ICTの活用でも同じです。普段やっている授業のどの部分で、どんなふうにICTを使えばよいかが分からないのは、自分が普段、なぜそのように授業をしているのかが、実は分かっていないからなのです。ですから、個別最適な学びもICTの活用も、教材の研究や開発をしっかりする、単元で考える、あるいは学年を越えた系統をきちんと押さえるといった授業づくりの基本的な力があれば、すぐできるんですよ。

(秦さわみ)

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