通知表をなくした神奈川県茅ヶ崎市立香川小 「当たり前を問い直す」

 私たち教員がしている子どもたちへの評価とはなんだろう——。神奈川県茅ケ崎市立香川小学校(國分一哉校長、児童1013人)では、2020年度から通知表を廃止している。新学習指導要領がスタートするにあたり、通知表の在り方を考え直し、2年に渡って全教員で話し合いを重ね、この決断に至った。「正直、まだ子どもたちに変化があったのかは分からない」と國分校長は話すが、教員らは通知表廃止をきっかけに「これは本当に必要?」「他のやり方もあるんじゃない?」と、一つ一つ学校の当たり前を問い直すようになっている。同校が通知表を廃止するまでの経緯や、その後の試行錯誤について、國分校長に聞いた。

教員の意見が半々に割れた「通知表をなくす」

 「最初は通知表をなくそうというのは、まったく頭になかった」

 同校に18年4月に着任した國分校長は、そう振り返る。「小学校の学習指導要領が20年度から新しくなることもあり、これまでの通知表を変えなくてはいけないと思った。どんな形にしていこうか、というのが話し合いのスタートだった」と話す。

 「私たちがこれまでの通知表で伝えていたのは、結局、『知識・技能』がメインで、いろいろなものを点数化して評価してきた。でも、もしかしたらそれは子どもたちの意欲を高めるものではなかったのかもしれない。多くの保護者は通知表を見ても、どう子どもを評価して、褒めればいいのか分からなかったのではないか」と國分校長は分析していた。

 そこで、まずは全教員で新学習指導要領を読み込むなどして、その狙いや学びの在り方を理解していった。その上で、通知表をどう変えていくかについて、まず教員らから出た案は、これまでの評価を新たな3観点にして出そうというものだった。

 しかし、『思考・判断・表現』や、『主体的に学習に取り組む態度』といったことを、どう評価するのか。3観点をそのまま子どもや保護者に伝えたところで、果たして子どもたちが本当にやる気を持って持続的に学ぶようになるのだろうか——。こうした疑問が教員からも出てきた。

 「通知表の形を変えただけでは駄目なのではないか」という空気が強くなっていく中、國分校長は「通知表をなくすというのも一つの手だよね」と投げ掛けた。すると、教員からは「え!?なくしていいんですか?」と驚きの声が上がったという。

 「通知表の存在はとても強い。どんなに形を変えたとしても、通知表があれば、それが一人歩きしてしまうだろう。それならばいっその事、一度なくしてみたら、保護者も子どもも、学習に対する感覚が変わるのではないか」と國分校長は説明する。

 当初、「通知表をなくす」ことについて、教員の意見は半々に割れていた。話し合いを継続する中で、「私たちは子どもたちをどう育てたいんだろう?」という本質的な問いを考えるようになっていったという。「それは、まさに学校教育目標のこと。本校は『自分らしさを大切にし、互いを認め合える子どもの育成』を目指している。そこに立ち戻って考えていった」と振り返る。

子どもたちに見えない序列を生む通知表

 國分校長は以前より、通知表があることでいくつかのジレンマを抱えていたと明かす。

 例えば、同校では学校教育目標に沿って、授業中に積極的に子どもを励ましたり、認めたり、褒めることに取り組んでいた。「授業で子どもたちは教員に『頑張っているね』と褒められていても、通知表には『もう少し頑張りましょう』に〇が付いている。そういう矛盾が起きてしまっていた」と話す。「普段の自分たちの取り組みが、通知表を渡すことでつぶされてしまう」と感じていた教員も多かったそうだ。

 また、通知表を渡すことで、子どもたちの世界で目に見えない序列ができてしまうことも感じていた。「いくら教員が、通知表が全てではないよ、勉強の一部分だよと渡しても、なんとなく子どもたちの中では序列が生まれてしまう。通知表でお互いを比べるのはナンセンス。それもなくしたいと思っていた」と吐露する。

 こうして徐々に「通知表をなくしてやってみよう」という意見が多くなっていき、2年に渡った話し合いの結果、20年度から通知表を廃止することを決定した。

 廃止にあたって、保護者に子どもたちの成長や様子を伝えるために、これまでは毎年7月は全員に、12月は希望者にのみ行っていた個人面談を、両日程ともに全員対象とし、提出物などのポートフォリオを充実させていく方針が決まった。

保護者から「通知表に代わるものはもらえないのか?」

 しかし、いざスタートを切った20年4月は、新型コロナウイルスの感染拡大による一斉休校と重なってしまった。通知表を廃止することについて、保護者には手紙やメールなどさまざまな手だてで伝えたが、國分校長も「保護者に直接、廃止の意図を十分に話せる機会がなかった」と頭を悩ませた。

 最初は当然、反対意見も届いた。厳しい意見ももらい、國分校長も「弱気になった」と振り返る。中でも「通知表に代わるものはもらえないのか?」という意見は多く、それに応えようと、学期の終わりに子ども自身が学びを振り返る「自己評価シート」を書かせてみることにした。

 実際に取り組んでみると、同校は2学期制のため、約半年という長い期間を子ども自身が振り返って自己評価することは、困難を極めた。その経緯を見ていた同校の校内研究にも伴走している慶應義塾大学の藤本和久教授にも「大人がやる仕事を子どもにやらせているだけではないか」と指摘され、國分校長も「はっとした」とその時を振り返る。そうして、「自己評価シート」は1回取り組んだ後に、取り止めることになった。

「通知表の代わりに何かをつくるという発想をやめた」と話す國分校長

 「私も含め、みんなの発想が『通知表の代わりに何かをつくらなければ』だと、きっと同じことになる。だから一切、その発想をやめることにした。ここに行きつくまでに、かなりの時間を要した」

 それ以後、保護者に対しては、▽現状は模索中であること▽発達段階によっても違うので、それぞれの学年で同じことはやらないこと▽香川小として何か統一したものをつくってしまうと、結局それが通知表と同じ役割になっていってしまうので、そうではないものを今、必死にみんなで探していること——など、こうした現状を正直に伝えてきた。

 國分校長は教員に「皆さんが今取り組んでくれていることは、絶対に間違いじゃない。私は信じているから、もうひとふんばりしてほしい」と伝えている。「みんなで楽しみながら試行錯誤し、子どもたちに変化が出てきたらいい。とにかく自信を持って欲しいのは、校長がやれと言って始まったことではないということ。教員たちが考えて、ここまで進んできた」と、教員らの頑張りに胸を張る。

「これは本当に必要?」と考えるようになった教員

 この2年での子どもたちの変化について、國分校長は「正直、まだ分からない。変わってきているとは思うが、数値で表せられるものではない。子どもたちが評価を気にせず、伸び伸びと意見を言えるようになった気がするとか、教員の感覚でしかない」と明かす。

 「今の3年生はまだ一度も通知表をもらったことがない。例えば、その子たちが6年生になった時、通知表がなくても子どもの成長には影響がなかったとなるのか……。あと3年経てば、何かしら少しは見えてくるのかもしれない」

 一方で、教員に関しては、「いろいろなものの見方が変わってきた」と実感している。全てのことにおいて、学校教育目標に立ち戻って「これは本当に必要?」「もしかすると、違う方法もあるかも?」と考えるようになったという。

 例えば、さまざまな行事も見直してきた。コロナ禍もあり、運動会を短時間で行うことになったが、「徒競走はやめよう」という流れになりつつある。授業で競争して、順位を付け、上位の子を評価するようなことはしないのに、なぜ体育の延長である運動会で徒競走が必要なのか——。こうしたことを話し合う中で、順位を競い合うリレー競技なども見直しが進んでいる。

 「競い合って喜ぶこともある。しかし、それを率先して学校教育でやらなくても、きっと他のいろいろな場面で経験できる。世の中、競争社会だからと言われるけれども、本校が育てたい子ども像はそれではない」と國分校長は考えを示す。

 また、テストの在り方にも変化が現れてきている。今まで通り、テストに点数を付けている教員もいれば、付けていない教員もいるという。さらに、市販のカラーテストについても、全教科購入しなくなった教員や、教科によって購入しない学年なども出てきている。

 「これまで当たり前のように全員がカラーテストを購入していた。そうすると、カラーテストで点が取れるような授業になっていきがちだ。自分が授業でやったことが、子どもたちにどのくらい伝わって、残っているのかを確かめるのがテストのはず」と國分校長は疑問を投げ掛ける。

教員がしている子どもたちの評価とは何か?

 先日、ある若手教員は「通知表さえ出せば保護者に説明責任を果たしていると思って、甘えていたのかもしれない。通知表がなくなったら、子どもたち一人一人をもっと見ていく必要がある。それはちょっと大変だけれど、やりがいがある」と述べたという。

 國分校長も「通知表の作成時期の大変さ、負担は減ったかもしれないが、日々の仕事は以前より大変になっているかもしれない。でも、教員に『なんでこれをやっているんだろう?』という気持ちはない。子どもたちや保護者のために、という充実感につながっているのではないか」と分析。

 「通知表をなくすか、なくさないかではなく、いろいろな学校で議論が起こればいいと思っている。私たちがしている子どもたちへの評価とは何なのだろうかと、一度、立ち止まって考えてみてほしい。日々の子どもたちの姿を、なぜあの通知表で保護者に知らせるのか。そうしたときに、校長が『ねばならないじゃないよ』と一言いえば、一生懸命、教員たちが考えて、変わっていくのではないか」と語る。子どもを中心に置いた学校に変えていくために、同校ではまだまだ試行錯誤を続けていく。

(松井聡美)

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