【ウクライナと学ぶ】 学生が見た避難所のボランティア

 ロシア軍の侵攻によってウクライナの人たちが隣国のポーランドに脱出し、避難している場所がある。6月、その避難民一時滞在施設に日本の大学生がボランティアに訪れた。彼らはそこで誰と出会い、何を感じたのか。シリーズ「ウクライナと学ぶ」第2回では、ボランティア派遣プログラムを実施した日本財団が7月7日に開いた報告会で、代表として話をした4人の大学生の語りから、彼らが2週間のボランティアを体験する中で考え続けたことにフォーカスする。

ボランティアとして何ができるかを学生自ら探す

 このプログラムは、4月26日~5月10日に日本財団ボランティアセンターのサイトで、6月上旬に現地に行くグループ1と、下旬に行くグループ2について参加者を募集。両グループともに100人を超える応募があり、各グループ15人の学生が選ばれた。彼らはまず、オーストリアのウィーンでオリエンテーションを受けた後、ポーランドに入国。ウクライナとの国境から10キロほどのプシェミシェルにある避難民一時滞在施設でボランティア活動を行ったほか、ウクライナから避難してきた中高生世代の子どもが学んでいる教育支援施設の訪問や国境検問所の見学などを行った。

 避難民一時滞在施設では、昼と夜の2交代制で施設内の清掃や物資・備品の管理、支援物資の仕分け、飲食提供のサポートなどのボランティアに従事。現地の関係者とコミュニケーションを取りながら、ニーズのあるボランティア活動を学生が自ら探していった。

教育支援施設で、相手の名前をお互いの母国語で書き合うボランティアの学生とウクライナから避難してきた生徒(日本財団ボランティアセンター提供)

 中でも最も学生らが力を入れたのが、子どもたちとの交流だったという。一緒に折り紙やサッカーをしながら仲良くなったり、ポーランド南部の都市、クラクフにある教育支援施設では、日本文化の紹介やお互いの母国語で名前を書き合うなどの交流をしたりした。

 ウクライナの子どもたちの間でも『NARUTO―ナルト―』や『ONE PIECE』など、日本の漫画やアニメは人気があり、それをきっかけに打ち解けた学生もいたそうだ。

言葉は通じないけれど、つながった2人

 そんな子どもたちとのエピソードを語ってくれたのは、グループ1のメンバーの一人、兵庫県立大学2年生の上田琳さんだ。活動中も子どもたちの遊び相手をして過ごしていた上田さん。避難民一時滞在施設では、ウクライナ語しか話せない小さな子どもたちと一緒に絵を描いたり、ウクライナ語の文字を教えてもらったりしていた。

 特に仲が良かった7歳の女の子に、避難民一時滞在施設での活動の最終日、ジェスチャーで「もうここに来るのは今日が最後だよ」と伝えると、その子は上田さんの手を握って離さず、目に涙を浮かべていたという。上田さんは「彼女は私と一緒に日本に行きたいと、身ぶり手ぶりで伝えてくれた。突如として日常を奪われ、友達と離れ離れになり、母親に連れられて避難所にやってきて、今起きている現状を大人のようには理解できない7歳の彼女の目には何が映っていたのだろう。ただ少しでも彼女の力になれたのであればうれしい」と話す。同時に、ボランティア活動では、自分にもっと語学力や専門知識があれば、さらに多くの人の力になれたかもしれないという思いも抱いたという。

避難民一時滞在施設で子どもたちと遊ぶボランティアの学生(同)

 看護学部に在籍し、将来は看護師になる予定の上田さん。帰国後、実家が営むパン屋でも、ウクライナから日本に避難してきた人を従業員として雇う方針を決め、行政に申請を出すなど、自分にできることを始めている。あの日に別れた女の子とは、今もSNS上でやりとりがあり、時々電話もかかってくるそうだ。言葉は通じないが、確かに2人はつながっている。

どんなことに困っているのか、直接確かめたい

 上田さんと同じグループ1で参加した上智大学4年生の恩田泰成さんは、大学でロシア語を学んでいる。3月にロシアやウクライナと国境を接するベラルーシに留学する予定だったが、ロシア軍によるウクライナ侵攻によって中止になってしまった。ニュースでウクライナの状況を見聞きするうちに、自分に何かできることはないかと考え、恩田さんはウクライナの人たちをサポートするウェブサイトをロシア語で立ち上げた。

 「ウクライナの人たちを支援する上で、避難民の声を聞き、どんなことに困っているかをこの目で確かめたい」

 そんな思いからボランティアに参加し、ロシア語を使って現地の人たちと直接コミュニケーションした。「スムーズに答えられるときもあれば、分からない単語が出てきて対応に困ったときもあった。『もっとロシア語が話せたら、この人の手助けができるのに…』。そう考える場面もあった。しかし同時に、ロシア語の勉強をもっと頑張ろうと強く思えた」と話す。

 避難民一時滞在施設の活動で、恩田さんは食料や飲料は十分ある一方で、夏用の洋服やスーツケース、スリッパなどが足りていないことに気が付いた。避難してきた人と話すうちに、医薬品も不足している状況が浮かび上がってきた。

 帰国後、恩田さんは立ち上げたウェブサイトを活用して、本当に必要な支援にどうつなげるかを考え続けている。「地道な作業にはなるが、ウクライナの人に、自分が作成したウェブサイト内にあるアンケートに答えてもらって、そのアンケートからウクライナの人たちが必要としている物資の統計を出し、その情報を他のボランティア団体や企業に提供することで、必要な物資の支援を実現させたい」と恩田さん。将来的に避難民一時滞在施設が閉鎖された場合、受け入れ国の情報が入りにくくなることも想定し、まずは日本を手始めに、受け入れ国の情報をまとめていくことも考えているそうだ。

配慮と思っていた行動が優遇だった

 「ボランティアと避難所に滞在する人はみな立場が違うだけで平等、対等であるということは出発前の説明会や現地でのオリエンテーションで言われていた。しかし、対等であることが、実際に活動する中で一番難しいと感じた」

 そう振り返ったのは、グループ2で参加した明治大学4年生の小松龍生さんだ。避難民からは、日々さまざまな要求がボランティアに寄せられてくる。しかし、その全てに応じることができるわけではない。小松さんはブランケットを分ける手伝いをしているとき、ある避難民から、決められた数以上のブランケットを執拗(しつよう)に求められ、うまく断ることができずに困ってしまったことがあったという。そのとき間に入って解決してくれたのは、長いこと活動を続けている別のボランティアの人だった。

 「『優しくしたい気持ちは分かるが、全員にできないことを一人の避難民にしてしまうと、避難所の秩序が崩れてしまう』。その人からのこの言葉を聞いて、自分が避難民に対して同情してしまっていること、配慮と思っていた自分の行動が優遇であったことを痛感させられた。避難民に対して必要なのは同情ではなく共感であり、ボランティアと避難民が対等な関係を維持するためには一番重要なことだと、身をもって思い知らされた」

 そんな葛藤を経験した小松さんは、避難民一時滞在施設での活動を終えた後、クラクフの市街地であるウクライナ出身の青年と出会う。彼は小松さんに対して次のような言葉を贈った。

 「今、遠く離れた日本をはじめとして、世界中が私たちを助けようとしてくれている。本当にありがとう」

ボランティア活動を報告する学生(右から上田さん、恩田さん、小松さん、仲原さん)

 「この言葉はあくまで一個人の意見であり、遠く離れた日本からスキルのない学生が派遣されてくることに対して疑念やいら立ちを感じた人もいたと思う。現地に行かなくても日本からも支援ができるという声もあるだろう。しかし、たった一人であったとしても、この活動に感謝してくれる人がいたのだとしたら、私たちが現地で起こしたとても小さな行動にも、きっと意味があったのではないだろうか」

 小松さんはそんなふうに、この2週間の日々を自分の中で問い続ける。

「Give」の心

 高校生のころに日本の難民受け入れについて研究活動をしたことがきっかけで、大学でも難民支援に携わっているという早稲田大学4年生の仲原菜月さんも、グループ2のメンバーの一人。仲原さんはこのボランティアで「人間の暗い側面と明るい側面の両方を肌で感じた」と語る。避難民一時滞在施設で夜の食事提供を担当していたとき、カウンターにいた仲原さんに、険しい表情を浮かべた男性が近づいてきた。ジェスチャーでスマートフォンの翻訳機能を使うように指示したその男性。仲原さんがそれに従うと、こう話し掛けたという。

 「あなたは私が持っていないものを、スマートフォンを持っている。あなたはそれを私にあげることができる」

 仲原さんはその場ではっきりと断ったが、その男性が貧困状態にあることが気になった。「ロシア軍による侵攻が始まったからなのか、それともそれ以前からなのかは分からないが、いずれにしても、避難民の中でも一部の人がより厳しい状況に追い詰められてしまっている」と、仲原さんは現実を突き付けられることになった。

 一方、別の日には、避難しているある女の子からビーズでできた手作りのリングをプレゼントされたこともあった。「私はただのボランティア。一方でその子は母国から避難を強いられている。彼女の方が大変な状況にあるにもかかわらず、彼女は『Give』、何かを贈る側になる心を持っていた。その子だけではない。自分自身も避難民でありながらボランティアをしている人とも出会った。こうした出会いに私の方が勇気付けられていた。自分自身が困難な状況下にいても『Give』の心を持った人や支援をしようとする人たちがいる。誰かが誰かを思って行動することで、前向きな力が生まれている。そこに希望を感じた」と語る。

 仲原さんはこの夏、スウェーデンに留学し、難民問題にさらに本格的に取り組んでいく予定だ。このボランティアを通じて、仲原さんは次のような思いをより強く確信したという。

 「人との関わり合いや支え合いが、さまざまなコミュニケーションを生み、それが予防になるのではないか。人が関わり合って、支え合って生きていくことこそが、人道危機を起こしにくくし、社会課題の発生を予防することにつながる。そういう社会を構築することに貢献できるような人間になりたい」

(藤井孝良)

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