全盲の先生が教壇に立つ 障害者差別解消法は人権法

いま『光を失って心が見えた~全盲先生のメッセージ』(新井淑則著)が話題となり、8月27日、日本テレビ系の24時間テレビでドラマ化され、多くの人々に感動を与えた。新井さんは小さいころから教師になるのが夢で、国語の教員となり、埼玉県の公立中学校の教室に立った。音楽教師の同僚と結婚し、3人の子どもにも恵まれた。ところが、28歳のとき、突然、右目に網膜剥離が発症し、手術を受けて3週間の入院後に復帰したが、再発。34歳で左目にも発症して失明し、全盲になってしまう。

半年間、自宅に引きこもり、絶望の中で自殺を考える状況に陥る。妻、父親の家庭の支えや視覚障がいの高校教師らの励ましがあり、それを支えに眼科リハビリテーション、パートナーの盲導犬クロードとともに復職訓練を受けた。養護学校、盲学校を経て、46歳で念願の普通学校に転勤でき、現在、埼玉県皆野町立皆野中学校に勤務している。

病気やけが、事故などによって中途障がい者となってしまうと、障がいを受容するのが大変困難となる。見えていた生活から全く見えない生活になった状態、本人は「視界ゼロの深い深い霧の中にいました。歩いていても、まるで雲の上を歩いているような感じで…家の中を歩いただけでも、すぐに気分が悪くなってしまいました。横になっては涙を流し、うとうととまどろんで目を開けて、また涙を流すというありさまでした」。復帰して養護学校、盲学校でいろいろな障がいに接し、「障がい者の中には、いまだに差別や偏見に苦しんでいる人も多くいます。障がいのある自分を受け入れて、自分らしく胸をはって歩ける社会であってほしいとねがっています。34歳のときに失明した私は、見えないことに絶望しました。でも、その絶望感の中に、自分が見えていたときに抱いていた障がい者に対する差別や偏見があり、今度は自分が差別されたり、偏見でみられる側になったりする恐れがあった」とのメッセージを寄せている。

今年4月1日から「障害者差別解消法」が施行され、障がいを理由とする差別が禁止された。障がいのある児童生徒が障がいのない児童生徒と同等の活動ができるよう「合理的配慮」の提供が国公立学校に義務付けられた(「文部科学省所管事業分野における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針の策定」を参照)。

ある校長会の研修会で講師をした校長からメールが来た。その校長が障害者差別解消法についての法律の目的、内容、留意事項を話したが、1週間後、講演を受けたある校長が、保護者の親に向かって障がいを忌避するような発言をして問題になっているという。非常に残念である。

かつてイギリス、ドイツ、スウェーデンなどを教育視察したとき、障がい者の理解教育をどのようにしているか聞いた。「特別にしていない。民主主義の根本である」との答えが多く、考えさせられた。

「障害者差別解消法」は、平成19年に国連障害者の権利に関する条約に署名し、国内法の整備等をして、25年に法律を制定し、今年4月に施行された。この法律の趣旨は、障害者基本法の差別の禁止の基本原則を具体化したもので、全国民が、障がいの有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向け、障がい者差別の解消を推進するのを目的としている。障がい者差別をなくすことは、人権教育の一環として全力で取り組むべきである。

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