リオ後の東京に期待 誰もが参加できる五輪に

「新しい世界を」をスローガンに、8月上旬から9月中旬にかけて、移民大国ブラジルのリオデジャネイロで開催された夏季五輪の最後の幕が閉じて3週間。南米初の五輪から、次期東京五輪を開催する日本が新たに学ぶところは多い。

夏季五輪の開会式と閉会式は、たいてい陸上競技場で開催される。国の生い立ちから、ブラジルでは五輪よりもサッカーのほうに人気がある。リオ五輪では、五輪史上の新たな試みとして、サッカーのマラカナン競技場(収容7万8千人)で行われた。

オリンピック大会では、史上最多の205カ国・地域の選手団(1万500人)がサッカーのピッチ中央を横切って行進し、周辺に整列。それを取り囲むスタンドの大観衆が一体となり、初参加の難民選手団とともに華麗な花火やブラジルの文化、自然の紹介、サンバショーを楽しんだ。

ブラジル政府は、競技場整備費や大会運営費を減らす一方、開会式と閉会式で2万人以上のボランティアを動員した。だが大会開催費用は、当初の約1・5倍の46億ドル(約4600億円)に膨張。大規模な舞台装置の代わリに式を盛り上げたのが、日本企業の「プロジェクションマッピング」と呼ぶ投影技術だ。CGなどの映像を投影機でフィールドや画面に映しだし、大観衆や選手をバーチャル・リアリティの世界に溶け込ませた。

東京五輪も、すでにエンブレムは盗用の疑いで刷新、新国立競技場はデザインを刷新、建設費用を削減(上限は1550億円)。きな臭い騒動が続く。

リオ五輪でのマッピング技術はさらにICTや映像技術のイノベーションと融合し、東京五輪の舞台効果を向上させるだろう。リオ五輪の閉会式の日本紹介ショーでは、世界的に有名な日本のコンピュータゲームソフト「スーパーマリオブラザーズ」の主人公マリオに扮した安倍首相が土管から登場し、日本社会の多様性や調和、平和をPRした。経済で行き詰まる日本政府は、科学技術イノベーションの産業化に政策の舵を切り、東京五輪に活路を見いだそうとしている。

五輪の歴史には、1974年にプロ選手の参加資格を認めないアマチュア規定を五輪憲章から外し、84年のロサンゼルス五輪から商業主義を採用する2大変革が起きた。経済効果や都市開発が重視され、メダル獲得競争と国力誇示が露骨になった。

次期東京五輪を含む計32回の夏季五輪の歴史で、2回以上の大会を開催する都市は欧米4カ国と日本の計5カ国だけだ。

しかも、2回目の夏季パラリンピックを開催する国は、日本が最初となる。障害者を含む誰もが参加できる共生社会への関心が高まる中で、日本が果たす役割は大きい。

リオのパラリンピックには、159カ国・地域と難民選手団の4300人が参加した。リオも障害者が移動しやすい環境づくりや学校教育に力を入れ始めた。

日本の障害者スポーツは、厚労省の管轄下で「リハビリ」に位置付けられてきた。

2014年に2回目の東京大会が決まり、管轄が厚労省から文科省(スポーツ庁)に移管された。国際競争力の改善のため、競技団体の大会遠征、強化合宿をはじめ、目の不自由な選手の伴走者配置、競技別強化施設の設置などが始まったが、予算や指導者が足りない。

政府は、リオ五輪で安倍首相が演じたスーパーマリオの仮想現実の世界を、メダル獲得競争だけでなく、政策で実行してほしい。

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