危機管理の戒め 池田小事件当事者の声に改めて学ぶ

「まさか、こんなことは起きるまいと思った時、その『まさか』が起きる。安全管理に完全はない。想像力を持ち、訓練を通して常に見直して行かねばならない」

これは、2001年に発生した大阪教育大学付属池田小学校殺傷事件当時の副校長・矢野克巳氏が、今年3月の退職時に新聞取材に応じたものである(読売新聞、3月31日付)。多くの児童、教師が犠牲になった前代未聞の痛ましい事件であった。それからはや17年。当時、事件直後の混乱した校内の様子が繰り返し報道され、「何が起きたのか」という驚きを持って見ていたことが脳裏に鮮明に残っている。事件から学ぶべきことは伝わっているだろうか。

矢野氏が語った中からいくつかを拾ってみる(一部要約)。「司令塔として全体像を把握し、指示を出すべき役目を果たせなかった」「みんながバタバタしていて組織的な対応はできなかった」「いざという時、目の前のことしか対応できない。考えている余裕はない」「入ってきた犯人を見た教員もいたが、研究授業の参観者と思い込んだ」。

そして、振り返って「学校全体の危機意識が薄かった」「遊具や体育の備品の点検は事故が起きないように行ったが、侵入者については全く予想していなかった」「事件の1年半前に京都の小学校で殺傷事件があり、文科省から安全に関する通知があったが、まさかうちの学校で、と想像できなかった」――などと言う。

矢野氏は、これまでは取材を一切断ってきたが、このような悲劇を繰り返さぬよう、経験を後人に伝えることを決心した。矢野氏の話は、いずれもこれまでの危機管理の研修など、言われてきたこと、危機管理のあるべき姿、基本的なことではないか。いざとなるとそれができない、頭では分かっていたことができない、体が動かない。だからこそ、矢野氏は戒め、警告する。

各学校現場ではどうだろうか。池田小の事件以降も校内に侵入した者による傷害事件が発生している。子供たちが登下校の途中で襲われる事件が起きている。「学校を爆破する」という予告メールで運動会を延期した事案もあった。大変な混乱であったと聞く。

いつ、どこの学校でこうした事件に遭遇するか分からない。決してよそ事ではないと戒めたい。

折しも6月14日、博多発東京行きの新幹線のぞみが博多―小倉間で人をはね、先頭車両の先端部分が破損する事故が発生した。運転手は「ドン」という衝突音を聞いたが、指令所に報告せず、小倉駅でも点検しなかった。新幹線のぞみは昨年12月、車両の異常を確認しながら走らせた台車亀裂問題を教訓に「においや音などが複合的に発生した場合、直ちに列車を停止させて車両の状態を確認する」としていたが、それでもこのようなことが起きた。

危機管理のシステムを構築したり、マニュアルを作成したりして完了ではなく、それが始まりである。システムもマニュアルも実際に動くのは人であることを改めて確認したい。間違う、忘れる、見落とす、自分の物差しで判断する、思い込む――人為的なミスによる危機を防ぐには、矢野氏の戒めのように「想像力を持ち、訓練を通して見直していくこと」を徹底していくことではないか。戒めを受け止め引き継ごう。

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