高校の道徳教育の推進 具体的指針なくして全体計画は成り立たぬ

1989年に改訂された学習指導要領において、高等学校における道徳教育は、「人間としての在り方・生き方に関する教育を学校の教育活動全体を通じて行うことにより、その充実を図る」とされた。各教科・科目の特質に応じた指導が求められ、特別活動や公民科の目標に「人間としての在り方・生き方についての自覚」の深化が掲げられた。今回の改訂においてもこの趣旨が継承されている。

2009年の改訂では、総則に「学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育について、その全体計画を作成する」ことが規定された。

今回の改訂では、新たに「道徳教育に関する配慮事項」が新設され、「道徳教育推進教師」を中心に全教師が協力して道徳教育を推進すること、その際、公民科の「公共」「倫理」や特別活動が、「人間としての在り方生き方に関する中核的な指導の場面である」点に配慮することなどが示された。

翻って、小・中学校と高校の道徳教育を比較すると、学校の教育活動全体を通じて行う点では同じであるが、小・中学校は「特別の教科 道徳」が要として位置付けられており、これが重要な指針になる。一方、高校では「中核的な指導の場面」として公民科と特別活動を関連付けるよう示しているが、これらが要としての機能を果たすことはできない。

高校で道徳教育の全体計画を作成する際、各教科・科目等における育成内容をどのように設定すればよいのか、非常に悩ましいところである。

これらは、高校における道徳教育および「人間としての在り方生き方に関する教育」の狙いと内容が明確にされていないことに原因がある。

高校の道徳教育は生徒の発達段階に応じて、「人間としての在り方生き方に関する教育」として行うと位置付けられている。一方で「人間としての在り方生き方に関する教育」を通じて道徳教育の「充実を図る」ともされており、道徳教育と「人間としての在り方生き方に関する教育」は別個の教育と受け取られかねない示し方となっている。

なぜそうなったのか。「人間としての在り方生き方に関する教育」を通じて身に付ける資質能力とは何か、それを育む指導内容、学年段階を通じたカリキュラム構成はどうあるべきだったか。さらに、指導の方略や活動の特質についても、これまで十分に検討されてきたといえないのではないか。

それ故、曖昧な表現にせざるを得なかった感が拭えない。

これらを定義し、教育の柱が共有されることによって、各教科・科目等で行う教育内容・方法が明確になり、全体計画の作成も容易になる。現状のままでは、道徳教育推進教師の役割もよく分からないままだろう。

「中核的な指導の場面」とされた公民科の必履修科目「公共」は、社会的な事象への価値判断学習の色彩が強く、生徒が自らを振り返り、人間としての在り方生き方を学ぶ内容としては質量共に十分ではない。

また、特別活動で養われる「人間としての在り方生き方についての自覚」と、公民科で育まれる「自覚」との違いについても分かりにくい点が残る。

実効性のある全体計画を作成し、道徳教育を着実に推進するためにも、モデル事例の開発も含め、現場が迷わないような、しっかりとした取り組みが望まれる。

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