(円卓)相手の目を見て話したい

都留文科大学非常勤講師 滝井章

 

「相手の目を見て話したい」

昨年上映された映画「HERO」で、検事・久利生公平役の木村拓哉さんのせりふである。

人と人が相対する上で当たり前の姿勢がクローズアップされたことに違和感があった。しかし、社会に目を移すと、この当たり前が当たり前でなくなっていることに愕然となる。相手と対面して話すどころか、電話で話すことすら面倒と考え、相手を意識しなくてもすむSNSでのつぶやきでのやりとりが一般的となっている。

さらには、説明力が不要の写真を添付して事をすませている。

これでは、相手の立場になり、相手に分かるように伝える過程で高まる表現力(説明力、論理的思考力)、相手の思いを読み取る人間力(読解力)などが身に付いた上で社会人になるのは、期待薄である。

学校という世界は、子ども一人ひとりを取り巻く人と人との心の信頼感が重要である。担任と子ども一人ひとりとの信頼関係が子ども同士の信頼関係を生み、一人ひとりが安心感がもてるいじめのない学級がつくれ、この安定が学力の向上につながる。

この状態を作るために、担任は子ども一人ひとりの目を見て話し、子ども一人ひとりの目から心、思いを読み取り、授業、子ども理解、学級経営に生かす力が求められる。

これが、教員免許を有している者に求められる資質能力である。タブレットを使った授業では、特にこの資質能力が求められる。タブレットの画面を見るために子ども一人ひとりの目を見ない時間帯があっても、子ども一人ひとりとの信頼関係が揺らぐことなく、いじめもなく、学級崩壊、授業崩壊の危険性もない学級作りが求められるからである。

教員免許が必要な、教員に求められる資質能力、すなわち子どもとの信頼関係を築ける力とは、教育機器がいかに変わろうとも、変わるものではない。むしろ、より強く求められる。川面の流れに目をとらわれ、本質を見失うことがないよう期待する。何よりも、子どもの心を育てる、確かな学力をつける、そして社会で求められる人間力を育てることが、教育の目的であるのだから。(元國學院大學教授)

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