(円卓)他人の気持ち

名古屋市教育センター所長 新井宏法

 
 人間は生理的早産といわれる。生まれてすぐに立ち歩いたり、自分の意志で何かできたりするわけではない。周りの助けがないと生きていけない。だから脳科学的には、人間の脳には元々、人に優しくする回路が組み込まれているそうだ。

赤ちゃんが生まれた瞬間から動く物をじっと見つめ、他者と関わりたいとするのも、脳に組み込まれているという。その意味から、他人に優しくするのはとても自然な行為であり、全ての人間は優しさを備えている。それが脳科学の結論だ。

だが残念ながら、現実には優しさのない行為が起こる。人に暴力を振るったり、心ない言動で相手の気持ちを傷つけたり。同じ行為でもそれを優しいと感じる人もいれば、お節介と感じる人もいる。つまり相手の気持ちを分かった上で優しくする行為が必要である。

相手の気持ちが分かるとは、一つは経験かもしれない。相手の気持ちが分からなかった経験、自分の気持ちを分かってもらえなかった経験、その経験の積み重ねにより、相手の心を深く慮り、寄り添っていける。相手に自分の気持ちを分かってもらったり優しくしてもらったりした時の喜びを忘れず、その時、相手がどう感じるかを自分なりに表現していけるといいのだろう。

学校教育は、人格形成の基盤を作る重要な営みである。子どもたちは、自分と違う多くの人と交わりながら、人としての関わり方を身に付けていく。そこで教師に求められるものは何か。子どもの態度、表情、言葉に表れた内面を読み取る姿勢と力。そのために教師も多様な気持ちを味わい心豊かでいること。また同僚と教育の目標を共有し、目標に向かい学び続け協働する姿勢。相手の話をじっくり聞き、受け止め、共に子どもにとってよりよい環境を生み出す努力をし続けることだ。

子どもたちは生を受けた時から連続して学び、成長していく。教育の営みは幼児期からずっとつながっているのを今一度、肝に銘じる必要がある。他人の気持ちが分かることがひいては自分を豊かにするという意味を、子どもたちに繰り返し伝えながら、教師もそれを実感し成長していくのではないだろうか。

今こそ、制度は変わっても教育の本質は変わらないとの信念を強くもち、どのように学んでいってほしいか、どんな支援ができるのかを問い続けなければと思う。

関連記事