(円卓)真のゆとりと充実を

東京家政学院大学現代生活学部教授 長谷徹

 

現在、次期教育課程に向けて、改訂に関わる検討が進められている。道徳教育については、すでに「特別の教科 道徳」(道徳科)として学習指導要領が告示されている。

改訂される教育課程におけるキーワードは、“アクティブ・ラーニング”である。

道徳科でも「児童生徒の発達の段階を踏まえた上で、対話や討論など言語活動を重視した指導、道徳的習慣や道徳的行為に関する体験的な学習や、問題解決的な学習を重視した指導など」(解説)の指導方法の工夫が求められている。

「読む道徳から考える道徳、そして議論する道徳へ」と言われている。

それでは、これまでの道徳の授業と、どこが変わってくるのだろうか。

道徳科の目標から考えて、これまでと大きく変わることはなく、変わるのはその目標を達成するための授業の在り方である。どのようなことが変わるのか。

これまでの授業でも行われていたが、授業の中に話し合う活動を取り入れることであり、場合によっては意見交換をしたり、自己の生き方について十分に考える場を設けたりすることである。また、体験活動を授業の中に取り入れ、その体験を通して考えたり話し合ったりすることである。

こうした活動を取り入れた授業を展開するとなると、時間的なゆとりを子どもたちがもたなければ、じっくりと自己の生き方について考えたり、友達と議論したりすることはできないと考える。

これからの授業では、考えたり、話し合ったり、議論したりといった、子どもたちが主体的に活動する場と時間をしっかりと確保していかなければならないのである。

そう考えると、昭和50年代の改訂で言われた「ゆとりと充実」という言葉が浮かんでくる。さまざまな状況の中で「ゆとり」は、平成20年の改訂で消えてしまった。だが、本来の意味であった「ゆとりある充実した学校生活の実現」ということを考えると、アクティブ・ラーニングが求められている現在、今一度、ゆとりだけではなく「ゆとりと充実」の真の意味を考えてみることが必要ではないだろうか。

これからは子どもたちばかりでなく、教える先生方についても、「ゆとりと充実」が求められてくるのではないかと考える。

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