(円卓)『綴方風土記』

元全国連合小学校長会会長 西村佐二

 

古書のネットオークションで、思いがけなく『綴方風土記』を手に入れた。60年ほど前、担任の先生から紹介され、母校の図書室で読んで以来の対面だ。

『綴方風土記』は、北海道、東北、関東など、全国を8地域に分け、それぞれの地理、歴史、産業等について、子どもたちの作文(綴り方)を主に、写真や解説などを添えてまとめたもの。昭和27年から29年にかけ、別巻一巻を含めて、全9巻が平凡社から発行された。

全巻完結に際して編集兼発行者の下中弥三郎平凡社社長は、「綴方風土記は生徒達と先生たちとその道の学者たちによってつくられた共同合作の本として日本ではじめて発行された本、外国にも例のない世界はじめての本」と述べている。監修者、解説者に地理学者、経済学者、民俗学者などを、編集者は国分一太郎氏を中心にその道の専門家を揃え、全国各地の教員の協力を得て、その地域の様子や生活を子どもたちがつづった作品を編集した。こうした本はやはり世界初であり、そして、これが最初で最後のものであろう。

そこには、戦後間もない当時の子どもたちにかける、教師をはじめとした多くの大人の期待が込められている。と同時に、そうした期待への答えが、ここに収められた子どもたちの作品の中に真剣に生きる姿として息づいている。

貧しいながらも両親を助けるために自分のできる仕事を精一杯やる子どもの姿、危険な作業に従事する親を心配する子どもたち、あるいはダム建設、作業の機械化などの時代の流れへの喜びや不安。一方、郷土の歴史や伝統を誇り、大切にしようとする思いなど、精一杯生きるけなげな姿がつづられている。

総じて生きる手応えを感じさせる作品が多い。それは、貧しくとも、喜びや悲しみをともに分かち合う家族の一員としての存在感がその基盤にあるからであろうと思われる。

現代社会は豊かになり、この風土記に書かれている状況はすっかり影を潜めた。しかしながら、今の子どもたちは幸せといえるかどうか。私たちは、便利さ、豊かさを追い求めてきた半面、家族や地域との絆といった生きる上での大切なものを落としてきてしまったのではないか。『綴方風土記』を読みながら、改めて考えさせられることであった。

(「教育新聞」論説委員室顧問)

関連記事