(円卓)克己復礼の精神

江戸川学園取手中・高等学校長 竹澤賢司

 

大正5年生まれの母は、戦時中、台湾で小学校の教師をしていた。台湾の子どもたちは礼儀正しく、日本語を一生懸命に勉強して日本の唱歌もきちんと歌っていたという。

終戦になって母は、幼い姉の手を引き、わずかばかりの身の回りのものを持って、引き揚げ船で日本に帰ってきた。母の教師としての土台は、戦争という辛い時代を台湾の子どもたちとともに過ごしたことで培われた。

母は礼節を重んじ、挨拶や言葉遣いにとても厳しい人であった。自分に厳しく、他人には優しく、人一倍責任感の強い人であった。「克己復礼」という言葉を聞いたのも、小学校の高学年のころであったように記憶している。母は亡くなるまで克己復礼の精神を貫いた人であった。晩年は老人性アルツハイマーがひどくなり、老人ホームにお世話になったが、丁寧な言葉遣いや礼節を重んじる姿勢は亡くなるまで変わることはなかった。

母が亡くなって数年が経ったころ、老人ホームの窓口担当の知人から、1冊の本が郵送されてきた。「書架を整理していたら、お母さんのネーム入りの道徳関係の本があり、きっと大切にされていた本のようですので送ります」とのことであった。手元に届いた本はすっかり色褪せ、手垢にまみれていた。鉛筆で強く線を引いてある箇所が目に止まった。「自分の好む色に子どもたちを染め上げようとするのは、教師として越権とはいえないだろうか」。

子どもたちの内面的な道徳的主体性を引き出すことに情熱を傾けていた母の姿がほうふつとして、胸が熱くなった。

急速にグローバル化していく時代の中で、高大接続改革をはじめさまざまな教育改革が進行している。道徳の教科化も話題になっている。時代の変化に対応した教育改革はとても重要であるが、同時に、教師の質的向上を図る取り組みがさらに重要である。

教育現場におけるさまざまな問題の中で、教師の人間力不足に起因していることが多々ある点は否めない。

日本人が大切にしてきた克己復礼の精神に、もう一度光を当てて復活させる必要があるのではないか。教師は人としての人格陶冶を怠ってはいないか。母はそのことを伝えたくて、手垢にまみれた座右の本を、亡くなる前にそっと書架に忍ばせておいたのでは、と思えてならない。

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