(円卓)俳句のススメ

東京都武蔵村山市立小中一貫校大南学園学園長 小野江隆

 

爆発的に広がったスマホゲームが話題を呼んでいる。バーチャルなゲームの世界と現実の地図をドッキングさせるという発想そのものに驚かされる。

私たちがアプリをダウンロードする。一方で膨大な量の情報が相手に流れていく。検索機能やネット販売などにも、個々の嗜好や趣味、年齢層や性別などの多くの情報が、知らないうちに集められていく。「あなたが買った本……他の人はこんな本も買っています」と紹介してくれる。親切なのか、嗜好の共有なのか、自分が情報を選択する意志にかかわらず、情報が入ってくるようにもなった。

「歩きスマホ」が社会現象となり、電車やバスの中で本を手にする人よりスマホや電子図書などをもつ人の方が、圧倒的に多くなった。バーチャルな世界でのコミュニケーションはアバターであり、本人を推し量れない。3Dなどのように人間と環境との関係性を見いだすようなツールの、ビジネスの世界、科学の振興への寄与は大きい。子どもたちや保護者は常に新しい情報を吸収し、教師のそれをはるかに超えて早い。学校は、そうした社会現象を知らないではすまされないし、子どもたちには、未来を構築していく創造力の基盤を培っていくことが大切であると同時に、言葉で過去の文化を継承していく能力を培う責務がある。言葉によって情景、心情を想像し、人から受けついでいく営みを子どもたちに求める一方で、建設的なのかとも思えるゲームの世界にはまり込んでいく子どもたちに、警鐘を鳴らすのは必要だと思う。

俳句帳なるものを持たせている。B4サイズノートを4つ切りにした簡単なものだ。公園や遠足、校外学習や修学旅行の折、常にリュックやカバンに入れて持ち歩き、四季折々、ほんの短い時間、「心のシャッターを切る」時間を作る。目の前に浮かぶ情景、今の思いを短い言葉に託し、俳句を詠む。最も短い文学は、1年が過ぎると自分だけの俳句集となる。最近は、中学生、地域、保護者の投稿もあり、地域の俳句集を刊行した。「歩きスマホ」ではないが「立ち止まり俳句帳」は、自然や社会、自分と向き合い対話する機会でもある。

芭蕉がさまざまな土地に赴き、俳句を詠んだ足跡を想像するに、言葉の重み、本物から本質を見抜く力や目を養うことに、学校は背を向けてはならない。

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