(円卓)リオでの女子柔道に思う

筑波大学教授 真田久

 

昨年開かれたブラジル・リオデジャネイロでのオリンピック競技大会における日本選手団は、過去最高のメダル数を獲得し、大いに盛り上がった。特に、男子柔道は7階級全てでメダルを獲得し、日本柔道復活という点で日本中大はしゃぎであった。この点は柔道関係者の努力の賜物であり、評価されるべきであるのは間違いない。

しかしながら、1つの国がメダルを独占するようになることが、スポーツの普及という面で本当に良いことなのであろうか。

一方、リオ大会での女子柔道は、男子とは違う様相を示した。それは、7階級全て違う国の選手が優勝したことである。48キロ以下の優勝者はアルゼンチン、48~52キロはコソボ、52~57キロはブラジル、57~63キロはスロベニア、63~70キロは日本、70~78キロはアメリカ、78キロ超級はフランスである。コソボは今回が初参加であり、ケレメンディス選手は、内戦後の混乱した中で練習を重ねて優勝したのであった。

またブラジルのシルバ選手は、犯罪の温床とされている貧困地区ファベイラの出身で、さまざまなことを経験しつつ、ある時この地域で柔道を教えていた先生に出会い、そこから自分自身を見つめ直し、柔道の世界に夢中になり、ついにはオリンピック代表選手として見事に優勝したのである。戦乱を乗り越えての金メダル、貧困地区からの金メダル。これらを柔道の創設者、嘉納治五郎が知ったら、賞賛するに違いない。嘉納は、柔道を通して互いの力を最も有効に活用することで、自他共に成長していくのを目指し、そして社会の発展に貢献していくことを教えていた。

このことからすると、さまざまな地域に柔道が普及し、社会の活性化に役立っていることをリオデジャネイロの女子柔道は示していたといえるのではないだろうか。そのような視点でスポーツを見ていくと、単に自国のメダルの数が増えた減ったではなく、スポーツがどのような地域の人々に役に立っているのか、という視点でこれからのオリンピックのあり方を探っていくことも重要であろう。

2020年の東京オリンピック・パラリンピックを契機に、そのような視点でスポーツを見ていく人々、メディアが増えていくことを望みたい。日本から世界に発信できるオリンピックムーブメントへの貢献になるに違いない。