(円卓)語り合う喜び

元全国連合小学校長会会長 西村 佐二

先日、以前同じ研究会に所属していた元同僚と三十数年ぶりに出会い、一献傾けながら、久しぶりの邂逅を喜び合った。

研究のこと、学校教育のこと、政治のこと、現在の生活や今後のことなど互いの思いを腹蔵なく吐露し合い、昔に帰ったようなすがすがしく明るい気分になった。再会を期して別れたが、これほど心地よく語り合ったのは、何年ぶりだろうか、とその喜びをかみしめて帰路に着いた。

ところで、今年も文化庁から「平成28年度『国語に関する世論調査』の結果の概要」が発表された。28年度は、「コミュニケーション」に焦点を当てた調査だが、特に「情報化の中でのコミュニケーション」については、前年度からの引き続きの調査である。

このことは、今日の情報化社会にあって、パソコン、スマホといった情報機器が、全世代を通じてコミュニケーションにおける有効なツールとなってきていることを考えての調査であろう。

確かに、これらの機器は、情報の収集・伝達手段としては、今日、欠くことのできないツールであるのは間違いない。しかし、これらの機器が、果たして、真のコミュニケーション=伝え合い、語り合うための有効な手段になり得ているのであろうか。

生物学者のM・スワンソンは、人間が生きていくためには、空気、水、食物、そしてコミュニケーションの、四つの物理的要素が不可欠だとしている。コミュニケーションとは、「人間同士の心の温かさの交換」であり、もし、これが持てないなら、人間は徐々に衰弱し死んでいくと述べた。

時折、老人の孤独死の報道を見聞きするたび、このスワンソンの言葉を思い出すが、コミュニケーションとは、まさに、言葉(表情、身振り手振りなどの周辺言語も含む)による「人間同士の心の温かさの交換」なのである。そのためには、フェース・トゥ・フェースによる互いの思いを忖度しながら語り合うことが基本であろう。

今後ますます高齢化が進行し、自分も含め、語り合う機会が減っていくと思われるが、情報機器に頼ることなく、先の同僚との邂逅のように、語り合い、その喜びを分かち合えるフェース・トゥ・フェースによるコミュニケーションを意識して求めていきたいものである。

(「教育新聞」論説委員室顧問)