(円卓)手書きで伸ばす六つの能力

東京書芸協会事務局長 川原 名海

書道教育に携わって二十余年になる。文字をきちんと教えてくれる書道教室・習字教室は、保護者や子供に昔も今も大変な人気だ。

「手で文字を書くことの教育的意義」とは何だろうか。

私は次の6つの能力を伸ばすことだと考えている。(1)言語能力(2)空間支配力(3)リズム感(4)指の巧緻性(5)美的感覚(6)忍耐力と集中力。

文字を書く上で、「(1)言語能力」は必須。課題の文字は声に出して読ませてみよう。「(2)空間支配力」は、文字の点画を構成し、紙からはみ出ぬようバランスよく収める練習である。文字は形だけで捉えられがちだが、滑らかな運筆のためには「(3)リズム感」の発達が肝要だ。柔らかい毛筆や、尖った鉛筆の細かな扱いは「(4)指の巧緻性」を鍛え、線や空間のバランスの説明で「(5)美的感覚」を磨き込む。

これら一連の能力を同時に高めることは至難の業だ。何かが高まると、他が後退することもある。形は美しいが紙からはみ出たり、正しく書けているが線がよれたり。教える側も、教わる側も「(6)忍耐力と集中力」を必要とする。それだけに、時間はかかっても少しでも上達したときの喜びは、双方とも大きい。

われわれ東京書芸協会は、15年程前より諸機関と協力して「脳科学と書字」の研究を行っている。脳のマッピングからは、(1)言語能力は側頭葉(2)空間支配力は頭頂葉等々、活動する場が読み取れる。「手で文字を書くこと」は、使っていない領域がないほど脳をフル稼働させる行動なのだ。まさに、「手は脳の出先機関」。研究の進み具合をまとめていて、とてもワクワクする。

事務局長という立場上、時にはクールな判断を要することがある。われわれが「脳科学と書字」について考え始めたとき、もし「手書き教育」が人類の未来にとって必要でないのなら、教育事業の縮小も有りと思っていた。しかし、それは杞憂のようだ。AI時代に入るからこそ、人間はどんどん手書きをしたほうがいい。

プログラミング教育が開始される。普段から脳を使っている子供ならソースコードの理解も容易であろう。プログラミングは、将来自動化される可能性もあるが、現時点ではトライしては失敗し修正し……という地味で忍耐のいる作業だ。これからも人間の能力を高めるために、われわれは子供に書字を教え続ける。