(円卓)真の民主主義市民を育てる「特別の教科 道徳」

日本大学文理学部教授 小笠原 喜康

先日、前文部科学事務次官・前川喜平氏の講義を聴く機会があった(日本大学文理学部大学院・特別講義、1月26日)。

前川氏は、教科書よりも『学習指導要領解説』を読んでほしい、という。そこで、これを読んでみた。そこには、これまでの道徳教育とは全く異なる姿勢が示されていた。

冒頭の「総説」では、2014年10月の中教審答申から、「特定の価値観を押し付けたり、主体性をもたず言われるままに行動するよう指導したりすることは、道徳教育が目指す方向の対極にあるものと言わなければならない」と述べる。

そしてさらに、この「特別の教科 道徳」は、「答えが一つではない道徳的な課題を一人一人の児童が自分自身の問題と捉え、向き合う『考える道徳』、『議論する道徳』への転換を図るものである」と続ける。

こうした姿勢は、『答申』の、従来の指導は「読み物の登場人物の心情理解のみに偏った形式的な指導」「児童生徒に望ましいと思われる分かりきったことを言わせたり書かせたりする授業になっている」という批判を受けてのものである。

講義で前川氏は、「これは、他の教科と並ぶものではなく、従来の特設道徳となんら変わるものではない」とも強調していた。

そのため、評価についても基本的に従来と変わるものではないことが示されている。

要点は、二つである。

一つは、数値ではなく記述式であること。

二つは、他者と比べない個人内評価であることである。

そして、「評価」は、なによりも教師自身が、自分の指導を見直すために行われることが強調される。

『答申』も『解説』も、大きく変化し続けるこれからの社会を見据えて、価値を作り続けていく個人の在り方を強調する。

私たちは、この姿勢を共有しなくてはならない。

わが国は、民主主義国家である。自分の考えをもって議論し、いつまでも安易に結論を出さない制度、それが民主主義である。多数決は、その過程での、とりあえずの手段にすぎない。

この新しい道徳教育は、そうした意味で、真の民主主義市民を育てようとするもののようである。

行く末を見守りたい。