(円卓) 何ができるようになるのかを明確に

立教育政策研究所教育課程調査官 笠井 健一

約20年小学校の教員をして、1年間大学の教員をした後、今の職場に就いた。現場では算数のいい授業をしたいと思い、努力もしてきたつもりだ。今の職に就き、全国の小学校の算数の授業を見せてもらうと、本当に素晴らしい授業に出合う。

昨年も数えてみたら年間190時間、算数の授業を見た。120時間は一つの授業をじっくり見て、残り70時間は少人数展開しているいくつかの授業を見た。同じ時期に同じ学年の授業を見る機会が多く、同じ内容を1カ月内に複数見たこともある。

「この図を最初に出すと、多くの子供が取り組めるようになるんだ。前のクラスでは多くの子供が戸惑っていたけど上手な工夫だ」

「ああ、子供はこの場面でこのようにつまずくんだ。それに教師は上手に対応している。こうすれば、つまずいた子供でも分かるようになるんだ」。

学校が変わると子供の実態も変わる。あるクラスではつまずきが多かったけれど、別のクラスではそうでもない。授業は問題解決したことを発表するだけで終わり。もっと突っ込んでその先を教師が示せば、さらに子供を伸ばせるのに。

あれ、この教師、この子がつまずいているのが見えていない。分かっている子供だけで授業を進めている。立ち止まって、もう一度、他の子に説明させればいいのに。その場で言わせて説明させるのではなく、黒板の前に呼んで、図を書かせて説明させれば、苦手な子供もよく分かるのに。

授業がまとめを書いて終わった。この子のノートには日付と問題とねらい、途中で終わった自力解決とまとめしか書いていない。最初は解けなかったかもしれないが、最後は「解けた」で終わりたい。

新学習指導要領は、何を知っているかだけでなく、何ができるようになったかを明確にするために改訂した。「どのようにすればよいか」を導くために、主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善をしようとしている。

まず大切なのは、子供がこの時間何ができるようになるのかを明確にすることだ。実際それができるようになったのか。それを評価し、できていないとしたら主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善をすることが求められている。

主体的・対話的で深い学びはあくまで、資質・能力を育成する手段である。