(円卓)ESDも100人の1歩から

中部大学教授 宮川 秀俊

1985年は情報教育元年と呼ばれ、総理大臣の諮問機関である臨時教育審議会の第1次答申において、社会の変化への対応として情報化・国際化が強く示された。同時に学校教育における展開とそのための予算化が行われた。

その後、情報化に関しては中学校技術科の情報基礎の設置を中心に、小学校から高校までコンピューターに触れ、慣れ、親しむことが進められた。
学校全体ではCAI(コンピューターを利用した教育)とCMI(ソフトウエアで成績を管理するシステム)が積極的に導入され、教科では、教育内容と教育方法それぞれのコンピューター教育が進められた。この創成期を経て三十数年後の現在につながっている。

ESDについて述べるに当たり、コンピューター(情報)教育を例にしたのは共通点がみられるからである。

一つは、創設期であるが故に、学校全体ならびに教科のさまざまな場面において、全ての関係者がコンピューターに関わるのは難しかった点だ。当時、コンピューターに詳しい教師はいたが、絶対数は多いと言えなかった。教育内容を指導し、方法としてコンピューターを利用する教師が育つには時を要した。だが、いまや教材作成や成績処理、児童生徒の各種指導に効率的、効果的に利用されている現状を考えると、ESDについても期待したくなる。

二つは、当時多くの管理職が、若い教師にコンピューターの習得を進めた点である。若い教師も期待に応え研修に取り組み、今では日常的に利用している。しかも、いろいろな報告・連絡・相談もインターネットを介して行っている。これらは、継続的な研修会や研究会、そして各教師の自己研さんのたまものであり、コンピューターは流行から不易の存在になった。このような経験をESDでも望みたい。

ESDのさらなる展開・充実に数十年もかかるとは思わないが、折々でESDに関わる教育実践を重ね、情報交換を行うことにより、定着する将来も見えてくるだろう。

中教審の第3期教育振興基本計画では、2030年以降の超スマート社会に向けた人材づくりを視野に入れている。コンピューター教育の創成期に言われた「1人の100歩より、100人の1歩」が思い起こされ、ESDに通じるものと感じている。