(円卓)深まりのある授業の実現のために

(一財)総合初等教育研究所参与 北 俊夫

「教科書で」教えるのか、「教科書を」教えるのか、が話題になったことがある。助詞の一文字で捉え方が大きく変わる典型だ。

目下、授業課題の一つに「主体的・対話的で深い学び」のある授業の実現が挙げられている。ここにも「で」という助詞が位置付いている。当初は、「アクティブラーニング」とカタカナ文字で言われた。

アクティブにのみ目を向けることがないよう、言い換えの過程で「主体的な学び」と「対話的な学び」と「深い学び」の三つの視点があると説明された。

そのためだろうか。三つの学びを並列的に受け止めるなど三者の関係性が曖昧になっているように思われる。

学びとは思考や理解はもとより、技能や興味・関心を深め高めていく継続的な営みである。「深い学び」だけが単独で成立することは考えにくい。

学校での学びとは、一人一人が課題意識や目的意識を持って主体的に問題解決に取り組み、その過程で友達と対話しながら、みんなで協働的に営むもの。特に後者は学校ならでは学び方だ。

自立した主体的な学びと対話的、協働的な学びが相互に関連し、相乗効果を発揮することによって、時間的な経過の中で一人一人の学びが深まっていく。結果として「深い学び」が実現する。

「主体的・対話的で深い学び」にある「で」には理由や原因を示す意味もある。

「このことによって」「そのうえで」「その結果」といった趣旨である。

「主体的な学び」や「対話的な学び」をつくることが目的ではない。手段として捉えたい。

授業の最終的な狙いは、二つの学びを通して「深い学び」をつくること。

すなわち、全ての子供たちに指導目標の確実な実現を目指すことにある。

「深い学び」の姿は、学習状況を時間軸(時間差)で捉えることが重要だ。ある時点の状況を一時的、静的に捉えても深まりは分からない。

学習初期の状況と比較し、学びの変容を捉えると、深まりの状況が把握でき評価することもできる。思考や理解の変容は、子供にも自覚させたい。

主体的に学ぶ問題解決的な学習と、そこでの学び合い活動を充実させることによって、深まりのある授業が実現していく。