プログラムレポート1 主体的な学びの基礎と~

主体的な学びの基礎と、自ら学びを創り続ける子どもの姿~協働的・問題解決的な学習と、オーストラリアの教育を比較して~
(「未来の先生展」千葉教生 先生、平野大二郎 先生)

tf20170830EDUPEDIAプログラム写真11.はじめに

本記事は、EDUPEDIA編集部が、2017年8月26、27日に開催された「未来の先生展」にて、EDUPEDIA社会人スタッフの千葉教生先生と横浜市立能見台小学校の平野大二郎先生によるプログラムを記事化したものです。なお、記事中の発言には編集上の関係から一部記者が手を加えています。

プログラムの前半は、千葉先生より「主体的・対話的で深い学び」を支えるための指導・支援について、小学校1年生(生活科)の実践事例を基に講演。

後半は、平野先生が視察されたオーストラリアの教育についての報告と二人の対談があり、日本とオーストラリアの対比から、「これからの教育のあり方」について考えるプログラムとなりました。

2.「主体的に学ぶ」とは?千葉先生

「授業を児童主体の学びの場にしていきたい」

そのような思いは教員誰しも持つことと思います。しかし一方で、教員それぞれ「主体的な学び」について異なったイメージを持っているとも言えるでしょう。

では、「主体的に学ぶ」「学びを子どもたちが自ら作っていく」とは一体どのようなことなのでしょうか。また、児童主体の学習や活動の前提として、教員はどのような指導・支援を行っていけばよいのでしょうか。

学校での楽しい活動というと、特別活動や給食など授業以外の活動で楽しい要素を入れていこうとしがちではあると思います。しかし、児童が学校で過ごすほとんどの時間が、授業の時間であることは明らかです。したがって、授業が児童にとって楽しい時間になることが大切になってきます。

児童にとって楽しい授業を設計しようとすると、授業の中で、ゲームや遊びの要素を取り入れたり、児童が楽しめる導入や仕掛けを教員の方から導入したり、といったことを行うことは多いと思います。

しかし、そのように教師の側から児童へ仕掛ける楽しい授業をすればするほど、児童は「先生が何か面白いことをやってくれるだろう」というように、受け身の姿勢になってしまいがちです。

主体的な学びの条件

私は、主体的な学びの条件を下のように考えています。

・目的意識(何のための活動、学びなのか)

・相手意識(誰のために行っている活動なのか)が児童の中で明確になっている

・児童同士で協力、協働をしている

・児童に学習活動の自由度が与えられている

・楽しさの質の高まり

これらを意識した学習の繰り返しで「いい汗をかいた」授業を目指してきました。

昨今OECDが「キー・コンピテンシー」という形で21世紀における生きる力を提示し、学習指導要領においても「生きる力」を育む、という記述が記載されましたが、このような21世紀に必要なスキルの中で、主体的に学ぶ力は中核を占めています。

特に経験の浅い教員が、自分の思い描く「主体的な学び」を目指そうとすると、児童に全てを任せてしまい、クラスの統制が取れなくなる、ということになりがちです。

一方で、経験を積んで自分の指導が児童に通るようになると、教員が自分の想定通りの「主体的な学び」を行う指導を通すこと自体が目的化してしまうこともあります。これは児童の主体性なのでしょうか。一体主体的な学びとは何なのでしょう。

(参加者の声)

「自分で調べているかなど、授業中の子どもの姿で判断ができる」

「授業中の疑問が児童から出てくる。子ども同士で授業についての会話が自然に出てくる」

「苦手な子も意欲的に取り組むようになる。一人ひとり意見を持って討論ができている」

3.事例紹介(生活科「学校たんけん」1年生)
4月

皆さんは、学校たんけんのきっかけをどのように作っていますか。

子どもたちはこちらから「たんけんに行きましょう」と言われなくても、休み時間に自由にたんけんに行くので、それをきっかけにします。1年生の4月なので、「こんなもの見つけたよ」と教員へ自分から報告しに来てくれます。

また、朝の会で児童に学校の中でどんなものを見つけたのか聞く時間を取りました。そうすると、「給食をどんなふうに作っているのか」「学校の中に色んな部屋があるけど、中に何があるのかじっくり確かめたい」といった意見が出ました。

5月

学校のどこに、どのような部屋があるのかは、大体把握できました。それにつれて、児童の関心は次第に「人」へと移っていき、次のような疑問が出てきました。

「給食室に4人しかいなくてびっくり!4人で、なんで作れるの?」

「クラスの先生のことも知りたい。家に帰ってから何しているの?」

「技術員(用務員)の人のことも気になる!どんな人なんだろう」

6月

技術員(用務員)さんについて詳しく調べました。

児童の感想です。

「技術員の人がトイレを掃除していた。本当は自分たち(児童)がすべきでは?」

「草むしりや廊下の掃除もしてくれている。本当は私たちの世話以外の、もっと他にやらなければいけないことがあるのでは?」

そこで、技術員さんにインタビューしました。下はインタビュー後の児童の声です。

「技術員さんが休憩できるように、お茶を入れてあげたい」

「技術員さんの仕事をできるようになりたい。草刈りとか」

「邪魔にならないように少しずつ仕事を覚えて助けたい」

「今まで休み時間に話を聞きに行っていたけど、それだと技術員さんが休めなくなってしまうからよかったのかな?」

これらの声から、トイレットペーパーの補充、窓のサッシの拭き掃除、牛乳パックの回収、紙を切る、という4つの技術員の活動を手伝うことになりました。

活動を終えた児童の感想を紹介します。

「仕事を手伝えて楽しかった」

「皆でできたのが楽しかった」

「自分たちが楽しんでしまった。技術員さんに楽をさせられなかった」

「これからもちゃんとやりたい、続けたい」

この体験をきっかけに、子どもたちは技術員さんの手伝いを休み時間に順番に一年間続けました。

11月

振り返りの会で「技術員さんお手伝い」のことを劇にして発表しました。

学習を通して「楽しい」という感情が変化

この生活科の活動が自然に継続する中で、児童の行動に変化が生まれるようになりました。

まず、クラスの係活動が活性化しました。私の学級では、児童が新しい係をいくら作っても、1人でいくつ係に入ってもよいことにしているのですが、新たな係活動の提案が増加しました。

また、クラスの中で進んで仕事を見つけたり、友達の手伝いを積極的にしたりするようになりました。

帰りの会における発表も増えました。

このような行動の変化の背景には、子どもたちの中で「楽しい」という感情の質が変化した、ということが考えられます。

つまり、はじめは「自分の好奇心が満されて楽しい」、という感情だったのが、「疑問に思っていたことが解決できて楽しい」「クラスの仲間とともに活動できて楽しい」「技術員さんなど人の役に立てて楽しい」というように、楽しさの質が子どもたちの中で変化していったのです。

主体的な学びと「掃除機」

このように児童に主体的に学んでもらうためには、どのようなクラスの状況を目指していけばいいのでしょうか。私は、子どもたちにルンバ(自動掃除機)のようになってもらうことを目指して指導しています。

どういうことかというと、ルンバは部屋をきれいにする、という目標のもと自分で学習しながら掃除の仕方を身につけて、そして掃除が終わったら自分の力で元の位置に戻っていきます。

このように、ある一定の決まりを守りながらも、その範疇の中で自由に児童が学んでいける環境こそが、主体的な学びが出来る場ではないかと考えています。

多くの教員は、児童を高性能なダイソンの掃除機に仕立て上げようとしてしまいがちなのではないでしょうか。いくら高性能でも、教員の指導(操作)がないと学習(掃除)ができない児童を育てることを無意識にしてしまいがちですが、それでは真の意味で主体的な学びにはならないと思います。

4.オーストラリアの実践報告 平野先生
きめ細かな個別学習

メルボルンの郊外のオークリーにある小学校(能見台小学校との姉妹校)に視察に行ってきたことをお話します。そこは、ギリシャ人を中心に多様な民族が共存している地域でした。

学校見学では、科目は国語・算数・総合・ICT・図工・体育・道徳などを見てきました。基本的な授業スタイルは、生徒が皆集まったら、その日やることについて教員が指示を出し、次に生徒ごとの個別の活動に移る、という形でした。

その個別の活動は、教員がオンラインで個々の学習状況を把握したり、授業の中での演習の状況を確認したりして、決定していました。学校での記録は、ポートフォリオとして家庭に連絡します。

他には、保護者のボランティアが入り、丁寧な支援が必要な生徒を対象に個別指導も行っています。

学習の仕方も学力層によって異なります。

中間の学力層の生徒は、ドリルや映像授業などオンライン学習。学力上位層向けには、読んだ資料を基に議論する授業もあります。

教員は学力レベルに分けて資料を準備したり、生徒一人一人の学習状況をみたり、いろんなところに気を配ります。そして、教員同士の関係はチームワークを重視しているが、学習面では個別化が進んでいるのです。

オーストラリアの教員のお話

オーストラリアでこのような指導を行っている教員は、「できる子には、その力を伸ばす指導をするのが教員の使命だ」と言っていました。オーストラリアでは、国が指定した教科書はなく、個に応じた教育を国全体として実践しているようでした。

「なぜ生徒同士の学びあいを行わないのか」、という質問をした際には、「学びあいを取り入れた際に、できる子にとってできていない子に教えるだけで、あまり満足できず、できない子にはお客様のような感じになってしまう、という事態になってしまった」ということでした。

オーストラリアでは、近年移民が増え、多文化共生が課題になっています。

オーストラリアでの視察を通して、多様性の中で共通の問題を作る難しさを感じました。世界中の教育が同じような目標に向かっていますが、アプローチはそれぞれ異なるのです。自分の実践を相対化する機会になりました。

5.「共生」の教育を考える(対談)

千葉:多文化共生という考え方に立つと、1年生はいろんな文化(圏)からきている「移民」のようなものだと捉えることが出来ると思います。まずは、先生が子どもに言うことを提示して、問題を提示し、解決する手法を提示する。学校の文化をしっかり身につけた上で、自由にさせていくのが、自分の中での多文化共生です。

平野:皆でやるのではなくて、自分でやる。ただ、相手をリスペクトしよう、ということを強調します。一人ひとりやることが違っていても、その個性を尊重する。「あいつまだあんなことをやっている」と言わない。3つめが日本らしいことです。

千葉:座っている=こちらに意識してくれている、と考えますので、座っている、こちらに向いていることを感謝しています。

平野:オーストラリアでは、人が話をしている間にしゃべっている子には、厳しく注意をしていた。しつけの面を重視していました。

千葉:尊敬、信頼をベースにクラスを作っていました。近くの子と話をしている子も授業に関係していることを話しているかもしれません。そんな時は「~さん、話していること教えて」と聞きましょう。学びの多様性という面で、目標を共有できていれば、自由にしていいのではないでしょうか。
どこを自由にさせるかが問題で、私は給食の時間は厳しくしています。

また、個に応じたものを提供していく流れが世界の主流になっていますが、日本ではそれを塾がメインに担っているのではないかな。何のために学校があるべきなのか考えないといけません。

平野:塾文化に関しては、オーストラリアでとても驚かれました。

千葉:これからの社会は高齢化・少子化です。外国の方も増えてくるでしょう。共に学ぶことをブラッシュアップするのか、個に応じた学びにフォーカスしていくのか、分岐点にさしかかっているのではないでしょうか。

答えはないので、とにかくいろいろやってみて、意見をもらって、磨き上げることです。

平野:いろいろな立場の先生がいます。それぞれの意見を共有することが、これからの教育を考えるきっかけになると思います。

6.講師紹介
・千葉教生 先生

前横浜市立深谷小学校副校長。学習ソフトウエア情報教育センター マルチメディア教材研究会 本部長、EDUPEDIA社会人スタッフ、メディア教育研究会事務局
主な著書に「社会科授業力の開発 小学校編(明治図書)」「学校レクリエーション大百科(ポプラ社)」(共に共著)がある。

平野大二郎 先生

横浜市立能見台小学校主幹教諭、元横浜市教育委員会指導主事、メディア教育研究会事務局長

7.参考

*本記事は先生のための教育事典「EDUPEDIA」からの転載です。

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